酒と車と御朱印の日々

「毎日更新」心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!悲願は実現する!

御朱印(東京)

【御朱印】放生寺も冬至に「一陽来福」札の授与を行っている

今回は早稲田の放生寺のご朱印をご紹介します。 放生寺は1642年に良昌浄人が穴八幡宮の創建に尽力し、その別当寺(神社を管理するための寺)として隣地に創建された寺院です。 穴八幡宮から早稲田大学側の階段を下りると放生寺への坂道が延びていました。 向…

【御朱印】金欠の人は冬至に穴八幡宮をお参りするといい

今回は早稲田の穴八幡宮の御朱印をご紹介します。 穴八幡宮は当初の予定にはなく、本来別のお寺のお参りが目的で早稲田に来たのですが、そちらにはあいにくどなたもいらっしゃらなかったので、急遽予定を変更してお向かいにあった穴八幡宮をお参りすることに…

〖御朱印〗根津神社は300年前の姿をそのまま残す奇跡の空間だった

金町、亀有と千代田線・常磐線各駅停車沿線の第三弾として根津と千駄木の間にある根津神社の御朱印をご紹介します。 東京十社に数えられる神社をお参りするのはこれで六社目ですが、これまでの五社よりも荘厳な空気に満ちており、お参りしている人の姿もより…

【御朱印】亀有香取神社の鳥居に控えていたのは狛亀だった

今回は亀戸の亀戸香取神社の御朱印をご紹介します。 「香取」を社名に持つ神社は関東地方を中心に全国に点在していますが、そのほとんどが千葉県の香取神宮を総本社として勧請し、創建されたものです。 亀有香取神社の鎮座するこの地は神社が創建された1276…

〖御朱印〗柴又帝釈天は彫刻と庭園と名水の寺だった

本日は柴又帝釈天として知られている経栄山題経寺の御朱印をご紹介します。 柴又帝釈天は山田洋二監督・渥美清主演の「男はつらいよ」シリーズの舞台としてあまりにも有名になりましたが、実際に訪れてみると彫刻や庭園の寺と言ってもよく、また名水が湧き出…

【御朱印】波除神社の境内に牛丼の吉野家が石碑を立てた理由とは?

現在東京が抱えている最大の問題がオリンピックと築地市場の豊洲移転ですが、本日はその築地市場の真横に位置している波除神社の御朱印をご紹介します。 「築地」という言葉はもともと埋め立て地を意味する言葉で、明暦の大火により焼失した西本願寺の代替地…

【御朱印】鳩森八幡神社の御朱印は富士塚の登頂証明でもある

富士山信仰に基づき富士山に模して造られた富士塚は数多くありますが、現存する都内で最古の富士塚がある千駄ヶ谷の鳩森八幡神社を本日はご紹介します。 東京メトロ副都心線の北参道駅で下車し、オフィス街なのか住宅街なのかよくわからない何とも微妙な街並…

【御朱印】目青不動尊は三軒茶屋のすぐ駅前にある

今回は目青不動という通称で呼ばれることの多い三軒茶屋の最勝寺をご紹介します。 皆様は五色不動と呼ばれるものをご存知でしょうか。これは、五行思想の五色(白・黒・赤・青・黄)の色にまつわる名称や伝説を持つ不動尊に対する呼び名で、目黒不動、目白不…

【御朱印】長國寺は浅草酉の市の起源である

今回は浅草田甫「酉の寺」として知られる長國寺をご紹介します。以前ご紹介しました鷲神社に隣接する長國寺では6月20日・21日と「あじさい祭」が開催されていたため、それに合わせてお参りしてきました。 長國寺は1630年に浅草寺町に開山され1669年に現在の…

【御朱印】素戔雄神社が本当に被災しないのかハザードマップで調べてみた

浅草から三ノ輪にかけてかつての吉原遊郭周辺の寺社をまわったついでと言っては何ですが、南千住の素戔雄神社も併せてお参りして御朱印を頂きました。南千住はこのような機会がないとなかなか来られる場所ではありません。 「すさのお」と名の付く神社は素戔…

【御朱印】飛不動の英語名はとてつもなくかっこいい

吉原遊郭周辺の寺社巡りの最後に「飛不動」の通称で知られる正寶院にお参りしました。 飛不動は1530年に正山上人によって開かれた天台宗の寺院です。奈良の大峰山で修業をした正山上人はその後諸国を巡歴しましたが、この地で村人に泊めてもらった際に立ち昇…

【御朱印】鷲神社の酉の市は吉原遊郭とのタイアップで繁栄した

吉原遊郭に関連した寺社をお参りした後、続いて向かったのが鷲(おおとり)神社です。江戸時代は遊郭の西隣であったという事ですが、現在でも遊女の性病治療専門だった吉原病院の流れを汲む台東病院の間裏に位置しています。それにもかかわらず鷲神社は数多…

【御朱印】吉原神社は遊郭の守護神だが遊女の悲劇の場でもあった

「遊女の投げ込み寺」として知られた浄閑寺のお参りを終えてから遊郭の守護神であった吉原神社へ向かいました。 かつて浄閑寺から音無川の排水路として山谷堀が延びていて、待乳山聖天のあたりで隅田川とつながっていました。堀に沿ってずっと土手があり、吉…

【御朱印】浄閑寺には2万人以上の吉原の遊女が眠っている

今回は「遊女の投げ込み寺」という悲しい歴史を持つ三ノ輪の浄閑寺とその御朱印をご紹介します。 三ノ輪という場所は以前賃貸物件の営業をしていた時代にちょうど駅前に新築物件があり、お部屋の内見で頻繁に訪れていた場所です。 反響の電話が入ると客と現…

【御朱印】深大寺の白鳳仏は国宝指定された途端に撮影禁止になった

この度深大寺の銅造釈迦如来倚像(白鳳仏)が新たに国宝に指定されました。深大寺は既にお参りして御朱印も頂いておりましたが、三種類頂けるうち白鳳仏のものについては「新国宝指定」の限定御朱印を頂けるという事で、改めてお参りしてきました。 私は学生…

【御朱印】浅草神社・三社祭記念御朱印を頂くには日焼け止めも必要かもしれない

5月19日(金)から21日(日)までの期間に浅草神社の三社祭が開催されますが、期間中限定の記念御朱印が頂けるという情報を入手したので早速行ってきました。ツイッターというものはこういう点で大変に役に立つものだと改めて思います。 これまで上神明天祖…

〖御朱印〗亀戸天神社はスカイツリーのビューポイントである

ゴールデンウィークの最終日に亀戸天神社をお参りしてきました。 これまで亀戸は総武線から東武亀戸線に乗り換える際に利用していただけで、街については大して知りませんでした。ちょうどテレビの街歩き番組で亀戸周辺を取り上げていていつか行ってみようと…

【御朱印】元三島神社はラブホ街のど真ん中で清々しさを死守していた

下谷神社で大祭限定御朱印を頂いた後、鶯谷の元三島神社をお参りして菖蒲の節句限定御朱印を頂きました。 元三島神社は鶯谷駅のホームからも見えるような場所に鎮座しています。 鎌倉時代に現在の愛媛県松山市の武将だった河通有は二度目の元寇に際し大三島…

【御朱印】下谷神社の金色の御朱印を頂くための行列は半端なかった

下谷(したや)神社は東京メトロ銀座線の「稲荷町」駅徒歩2分の場所に位置する神社です。5月5日から7日の期間、大祭限定の御朱印が配布されるということから本日お参りしてきました。 上野は頻繁に訪れる場所です。また合羽橋道具街が近くにある関係で銀…

【御朱印】東郷神社は竹下通りのすぐ脇の「勝ち」にこだわる空間だった

昨日明治神宮をお参りしたのに併せて同じく原宿駅周辺にある東郷神社にもお参りしました。 東郷神社は言うまでもなくかつての日本海軍の軍人であった東郷平八郎を祀った神社です。日露戦争における連合艦隊司令長官として戦争中の全ての海戦の指揮を執り、特…

〖御朱印〗明治神宮は百年かけて完成した「永遠の森」に包まれている

今回は明治神宮の御朱印をご紹介します。 明治神宮は初詣の参詣者数日本一という超メジャーな神社でありながら御朱印はまだ頂いていなかったため、ゴールデンウィークという樹会を利用しておまいりすることにしました。 8年くらい前に手相芸人の島田秀平が…

【御朱印】秋葉原神社は怪しくも不真面目でもないちゃんとした神社だった

オタクの聖地に突如出現した秋葉原神社の御朱印をご紹介します。 秋葉原と言えばアニメ、フィギュア、アイドル、メイドカフェ、電気街といった様々な分野における聖地のような存在ですが、そんな秋葉原にその名も「秋葉原神社」ができて御朱印まで頂けること…

【御朱印】福徳神社を再生させた三井不動産の再開発

本日は所用で日本橋まで行ったため、YUITO、COREDOの裏に鎮座している福徳神社にもお参りして御朱印を頂きました。 実はこの辺りはこれまで何度も通った場所なのですが、巨大な商業施設にばかり気を取られていて、裏に福徳神社があるとは全く知り…

【御朱印】遠く海外からもお参りに来る江北氷川神社の平成29年度版の御朱印

これまで数多くの御朱印を頂いてきましたが、その中でもレア物の最たるものといえば御朱印帳2頁にわたって書かれた見開き御朱印でしょう。普通の寺社が1頁で完結するところを2頁にわたって書くのですから、そこには普通の御朱印にはない何かがあります。こ…

【御朱印】カラフルな御朱印をいただける瑞光寺がとった意外な転売防止策

本日は都営大江戸線「牛込柳町」駅を降りてすぐの場所に位置する瑞光寺にお参りしてきました。こちらではカラフルな「御首題」を頂くことができます。 日蓮宗の寺院の場合、他の宗派の寺院や神社における御朱印にあたるものは御首題と呼ばれていますが、これ…

【御朱印】池袋の御嶽神社はなぜフクロウを尊ぶのか

今日は池袋で開催されたセミナーに参加してきたのですが、それに先立って池袋西口一帯の鎮守である御嶽神社にお参りしてきました。 池袋の御嶽神社は16世紀後半の創建といわれ、甲州から逃れてきた武田勝頼の家臣団が持参した神宝をこの地に祀り神社を造営し…

【御朱印】子安神社の「桜」限定御朱印を頂くには2時間つぶせるだけの備えが必要

桜の開花に関するニュースが流れるようになると、この時期限定の御朱印を頂ける寺社が各地にあります。九重神社、上神明天祖神社に続き今日は八王子の子安神社にお参りしてきました。 子安神社では4月7日~9日の期間、満開となった桜をライトアップして夜間…

【御朱印】上神明天祖神社の御朱印に書かれた「蛇窪大明神」とは何か

桜が咲き始めると各地の寺社ではこの期間限定の御朱印が配布されるようですが、本日はそのうちの一つである上神明天祖神社にお参りしてきました。こちらでは4月1日~9日までの期間弁天社例祭特別御朱印を頂くことができ、また4月中は蛇窪大明神御朱印が桜色…

【御朱印】等々力不動尊発祥のもととなった不動の滝は、昔は音がとどろく程の水量があった

先日菊名神社と浄眞寺(九品仏)をお参りした後、等々力不動尊を併せてお参りしました。 等々力不動尊は真言宗の中興の祖である興教大師の夢にお不動様が現れ、関東に霊地があると告げられたことで誕生した寺院です。実際に関東を訪れてみると夢で見たのと同…

【御朱印】自由が丘徒歩10分の九品仏で極楽浄土が再現されていた

昨日菊名神社をお参りした後、九品仏(くほんぶつ)として知られる浄眞寺をお参りしました。浄眞寺は超高級住宅地の世田谷区奥沢に位置していて、おしゃれな街として知られる自由が丘から徒歩10分くらいの距離にあります。 豪徳寺の記事で書きましたようにか…

【御朱印】豪徳寺の国指定史跡「井伊家墓所」に直弼はいない?

所用で世田谷まで行くこととなったので、ちょうどいい機会ということで豪徳寺にも立ち寄って御朱印を頂きました。豪徳寺は1480年に世田谷城主である吉良政忠が叔母の住まいとして「弘徳院」という庵を結んだのが始まりで、当時存在した世田谷城の主要部分で…

【御朱印】芝東照宮に久能山、日光、上野を銜えて四大東照宮と呼ぶ

打ち合わせで浜松町を訪れた帰り、芝大神宮に次いで以前から気になっていた芝東照宮をお参りしました。 東照宮といえば日光と久能山しか知らない方は多いのではないでしょうか。私も寛永寺をお参りした帰りに上野東照宮に気が付き、増上寺をお参りした後に芝…

【御朱印】芝大神宮には西銀座チャンスセンターの販売員がお参りに来る

今日は浜松町で打ち合わせがあったので、帰路近くにある芝大神宮にお参りしてきました。明治天皇は東京の鎮護と万民の安泰のため明治元年に東京近郊の12社を准勅祭社として定め、そのうち23区内の10社が東京十社と呼ばれていますが、芝大神宮はその一つとな…

【御朱印】東京大神宮では期間限定で赤福を購入できる

今回は飯田橋の東京大神宮の御朱印をご紹介します。東京大神宮は明治13年に東京における伊勢神宮の遥拝殿として日比谷に創建されました。遥拝殿とは遥かかなたから拝むための建物ということで、わざわざ伊勢にまで行かなくてもお伊勢参りができるようにとい…

【御朱印】烏森神社の節分祭で開運招福鈴祓いを受け節分限定御朱印をいただいた

2月3日は節分で、全国で様々なイベントが行われています。有名人が豆をまく場面は必ずニュースになりますが、増上寺が芸能人、池上本門寺がプロレスラー、成田山新勝寺が力士と様々な特色があるようです。稀勢の里と白鳳という新旧の横綱のそろった成田山は…

【御朱印】赤坂氷川神社は東京三大縁結びの神様だった

所用により六本木へ行くこととなったのですが、普段あまり都心に出ない私にとってはせっかくの機会についでにやっておきたいことがいろいろあります。このあたりの寺社では出雲大社東京分祠と乃木神社は既にお参りをして御朱印を頂いていますが、よく調べて…

【御朱印】上野東照宮は「生涯で7度主人を変えた」藤堂高虎の屋敷跡にある

今回は日本四大東照宮の一つである上野東照宮の美しい御朱印をご紹介します。 上野公園内に点在する寛永寺の諸堂について5回に分けて書きましたが、そもそも「上野」という地名の由来はどのようなものだったのでしょうか。諸説あるようですが、私が最も魅力…

【御朱印】清水観音堂は京都の清水寺がモデルだった

根本中堂、開山堂、上野大仏、不忍池弁天堂と巡った寛永寺諸堂ですが、いよいよ最後の清水観音堂です。天海大僧正は比叡山にならって上野に寛永寺を創建した際、それまでの有名寺院になぞらえて次々と堂舎を建立しますがその中で1631年に建てられたのが清水…

【御朱印】不忍池弁天堂に様々な団体の石碑が集まる理由とは?

上野大仏のお参りを終えて上野駅の方に向かうと右手に不忍の池が見えてきます。天海大僧正は1625年に比叡山延暦寺に倣って上野の地に寛永寺を建立しましたが、その際不忍池を琵琶湖に見立て、竹生島にちなんだ島を池に築きました。そして竹生島の宝厳寺の大…

【御朱印】上野大仏は「これ以上落ちない」ということで受験生に大人気

上野大仏はかつて上野公園内にあった高さ約6mの大仏の顔面部分だけをレリーフとして安置したものです。私がこの顔だけの大仏の存在を知ったのはテレビ東京の「乃木坂ってどこ」でした。2014年の7月に乃木坂46の9枚目シングルヒット祈願で選抜メンバーは高さ…

【御朱印】寛永寺の諸堂で開山堂だけ「輪王寺門跡」となっている理由はややこしい

昨日述べましたように上野公園内に点在する寛永寺の諸堂を根本中道からまわってきました。根本中堂から国立博物館の反対方向に進むと寛永寺の開山堂にたどり着くことができます。途中の寛永寺霊園の中には徳川歴代将軍後霊廟があり、4代家綱、5代綱吉、8代吉…

【御朱印】寛永寺は上野桜木一丁目の根本中堂だけじゃない

1590年に徳川家康が江戸に入城すると独自の考えにより全く新しい街づくりを始めるのですが、その時必ず出てくるのが「江戸城本丸から見て鬼門にあたる方角に寛永寺を置き、裏鬼門にあたる方角に増上寺を置いた」ということです。さらに神田明神や日枝神社も…

【御朱印】浅草神社は浅草寺の隣にある

東京都内で最古の寺院である浅草寺については皆さまご存知のことと思いますが、その本堂の東側に浅草神社が鎮座しているのを皆様ご存知でしょうか。雷門をくぐって仲見世を抜け、本堂でお参りを済ませると私はいつも左方向に曲がって浅草演芸ホールを目指し…

【御朱印】浅草富士がそびえる浅草富士浅間神社で正月限定の御朱印を頂く

私が浪人生という身分から脱出できた昭和62年は、一発勝負しかできなかった国立大学がA・B二つのグループに分けられて2回受験できるという大変革が実施された年です。Aグループの入試を終えた私はBグループの試験を受けるべく新幹線で関西に向かったので…

【御朱印】「現役占い師が厳選するパワースポット」である待乳山聖天ではご本尊に大根をお供えする

御朱印集めをするようになってから様々な寺社をまわってきましたが、何となく素通りしてきたような場所がいくつかあります。北鎌倉には何回か行っていますが、円覚寺、明月院、浄智寺といった寺院にお参りするといつも東慶寺を素通りして鎌倉駅に移動してき…

【御朱印】八王子の子安神社で珍しい御朱印を頂いた

12月も押し迫ってきて本日21日は冬至です。今年は随分と多くの神社仏閣にお参りしたものです。11月に高尾山に行った際山頂から富士の絶景を望むことができましたが、毎年冬至の日には同じ場所でダイヤモンド富士を見ることが出来ます。朝起きてバルコニーか…

【御朱印】豊川稲荷東京別院の御朱印帳は評判通りデザインも紙質も最高だった

8月14日に高尾山で頂いた3冊目の御朱印帳があと一つで一杯となる段階で4冊目はどこで頂こうかと考えてきました。御朱印帳もまた重要な意味を持っています。私が御朱印集めにここまではまった要因の一つは善光寺で頂いた最初の御朱印帳にあったと思います。 …

【御朱印】松陰神社に再現された松下村塾は史上最強の学閥だった

ここ数日間ニュースはロシアのプーチン大統領来日に関するものばかりになっています。初日の首脳会談は安部首相の地元山口で開催されるということで会場となる温泉旅館が紹介されていますが、全国ネットのテレビに何度も映されてこれ以上ないくらいの宣伝に…

【御朱印】泉岳寺の赤穂義士の墓地に義士祭当日お参りした

元禄15年12月14日午前4時ごろ、大石内蔵助に率いられた赤穂義士47名は現在の墨田区両国3丁目にある吉良邸に討ち入りました。忠臣蔵のクライマックスシーンです。一般的には邸内をくまなく探しぬいてもどうしても吉良が見つからず、諦めかけたちょうどその時…

【御朱印】今戸神社で縁結びの会に参加してみた

浅草と言えば何と言っても浅草寺が有名ですが、少し足を延ばせば縁結びのパワースポットとして知られる今戸神社があります。古事記に登場する夫婦の神様である伊弉諾尊と伊弉冉尊が祭られていることから縁結びの神様であるとされていますが、それ以外に招き…