酒と車と御朱印の日々

「毎日更新」心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!悲願は実現する!

グランベリーモール建替工事の進捗状況⑤(平成29年8月)

東急田園都市線南町田駅前のショッピングモール「グランベリーモール」の建て替え及び周辺地域の再開発事業の進捗状況です。

前回よりも一気に掘り進み、地盤面が大幅に低くなったようです。また南町田駅改良工事も本格化してきました。

 

まずは駅前地区です。何と北口のロータリーに成田空港行と羽田空港行のバス路線が開設されました。これで駅のグレードが一段上がったように思えます。

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手前が成田空港行、奥が羽田空港行です。

南口の東急ストア跡地です。

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コンビニや郵便局、ATM、中華バイキング等の跡地です。

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南町田駅の改良工事が本格化しました。

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これに伴いホーム上の待合室がなくなりました。暑さが厳しい時には重宝していたため、非常に辛いものがあります。

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次いでモール部分です。

ショッピングモール北側です。

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掘りに掘った結果地盤面がかなり低くなりました。

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映画棟の横は既にコンクリートの打設が始まっています。

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ダンプを入れるための新たな入り口が出来ました。

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いつも賑わっていたペットショップがあった場所です。

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かつて毎日通っていたケーズデンキ前の入り口から中を見てみました。

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南側にもダンプを入れるための入り口ができていました。

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東側の道路では拡張工事が行われています。

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田園都市線の線路に沿って鶴間公園内に新たな道路を通す工事も進行中です。

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道路幅の広さに驚かされます。

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かつて森だった場所がかなり切り開かれました。

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境川沿いのグラウンドだった場所は調整池になるようです。

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前回掲載時の全景

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今回の全景

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◆グランベリーモール建替工事の進捗状況④

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◆物凄かった閉店セレモニー

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◆閉店前の様子

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「パイナップルの漬け込みウィスキー」は香りがたまらない

いよいよ8月に入りました。昨年の8月15日、出雲大社相模分祠に向かう電車の中で発作的に思いついて開設した当ブログもそろそろ1年を迎えようとしています。

今年は夏らしいスカッと晴れ渡った夏らしい日がほとんどなく、ただただ蒸し暑い日々が続いています。日頃ウィスキーばかり飲んでいる私ですが、こうも蒸し暑い日々が続くと何か変化球を入れたくなります。

ちょうどいいタイミングでニッカウィスキーの公式ツイッターで「パイナップルの漬け込みウィスキー」が紹介されていました。自己流でカクテルに挑戦したことはありますが、果実酒のようなことはこれまでやったことはありません。しかし見た目がいかにも爽やかそうだったので挑戦してみることにしました。

 

今回はニッカウィスキーのレシピに忠実に従うことにします。ブラックニッカリッチブレンド150ml、角切りにしたパイナップル適量と砂糖50gとなっています。砂糖50gというのがピンと来なかったのですが、ネットによると大スプーン1杯が9gという事なので5杯分用意しました。しかしこんなに入れて口が曲がらないかなと、心配になるくらいの量です。

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キムチの空き瓶にパイナップルと砂糖を入れました。

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メジャーカップでブラックニッカリッチブレンドを入れます。このカップ5杯でおよそ180mlです。

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現時点ではウィスキーの表面からパイナップルが姿を見せています。

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蓋をして1週間冷暗所に保存します。

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それ以降中身がどうなっているのか気になって気になってしょうがなかったのですが、ともかく1週間我慢しました。パイナップルのエキスが染み出しているせいなのか、色がかなり濃くなりました。パイナップルはかなり縮んだ模様です。

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蓋を開けると甘くていい香りが広がってきます。

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まず1杯目はストレートで飲みます。

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ウィスキーとパイナップルは相性がいいようですが、甘さとともに若干のほろ苦さを感じました。やはり砂糖50gというのはかなり量が多すぎたようで、シロップを飲んでいるような感覚です。

 

次はロックで飲みました。

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氷を入れて冷やすとともに若干薄まると、濃度としてはちょうど良くなりました。パイナップルの香りがたまりません。ストレートで感じた苦味はロックでも若干残っていました。

パイナップルのエキスが染み出した分だけアルコール度数が下がったのでしょうか、酔い加減がウィスキー単体の場合と違います。

それにしてもやはり甘い。

 

ついでにウィスキーがしみ込んだパイナップルを食べてみました。

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刺激が強く苦味が前面に出ていてとても食べられたものではありませんでした。

 

初めて挑戦した「パイナップルの漬け込みウィスキー」は夏にぴったりでなかなか面白いものがありました。砂糖の分量を半分にしてもう一度挑戦してみたいと思います。

 

◆ブラックニッカリッチブレンドはコストパフォーマンスがいいという記事

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◆ブラックニッカスペシャルはおススメのウィスキーという記事

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【御朱印】鵠沼伏見稲荷神社の「アイスラッガー守り」はご利益万能だった

今回は湘南エリアの中心である鵠沼海岸の近くに鎮座する鵠沼伏見稲荷神社の御朱印をご紹介します。

鵠沼伏見稲荷神社は箱根駅伝のコースでもある湘南新道から分岐し、海岸沿いを走る国道134号線まで結んでいる鵠沼新道に面しています。小田急江ノ島殿の鵠沼海岸駅から住宅街の中を抜ける道を歩くと10分くらいで到着しますが、この辺りは目印になるようなものが何もないため、まずは鵠沼新道に出ることを目指すといいでしょう。

 

10数年前に近隣で分譲していたマンションの営業でこの周辺を走り回りましたが、時間の流れがゆったりとした何とものどかな街だったという印象があります。ちなみに当時近隣には「ラーメンの鬼」と呼ばれた佐野実氏の「支那そばや」がまだありました。

 

住宅街に突如出現した鵠沼伏見稲荷神社の鳥居です。でかさと派手さに驚かされました。

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緑に囲まれた参道が延びていきます。

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鵠沼伏見稲荷神社の本殿です。

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鵠沼伏見稲荷神社は、昭和18年に創建された神社です。
鵠沼小学校の北側にかつてに霊泉の湧く稲荷社があったのですが、関東大震災によって水が涸れてしまい、その後社運も振るわずにありました。

昭和4年に小田急江ノ島線が開通して鵠沼海岸駅が開業すると駅前の商店街を中心とした街づくりが急速に進み、それによって鵠沼海岸に鎮守社創建の機運が高まります。そのためその稲荷社を遷座するかたちで創建されたのだといいます。

現在も湘南のお稲荷さんとして人々に親しまれています。

 

稲荷神社に特有の朱色の鳥居の列です。

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鳥居は一基につき25万円だそうです。万一ブログだけで生活できるようになれたとしたらその時は一基寄進してもいいかなと頭をよぎりました。

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鳥居の列の奥にある稲荷社(奥宮)です。

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参道脇にある「鵠沼和貴水」です。

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かつて存在した稲荷社の霊泉とは何の関係もないようで、鎮座50周年記念事業として井戸を掘ったところ豊富な水脈を掘り当てたとのことです。

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九頭龍神社の竜神水と違って見た目には清潔そうに見えなかったため写真を撮っただけでしたが、泉から汲むのではなく隣の蛇口をひねればよかったようです。通常の湧き水では細菌が1~100種類含まれているのに対し、「鵠沼和貴水」は何と0ということで、お茶やコーヒーに、そして水割りにも最高の水でミネラル豊富な自然水なのだそうです。飲まずに帰ってしまったことが悔やまれます。

 

授与所では何と「アイスラッガー守り」を販売していました。

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少年時代の私が熱狂した「ウルトラセブン」の必殺技がこのアイスラッガーです。鵠沼の神社でこのようなものに出会うとは思いませんでした。

どうやら主人公のモロボシ・ダンを演じた森次晃嗣氏が近隣でカフェテリアを経営していて、神社のイベントにも積極的に参加していたことから実現した企画のようです。御利益については、「宇宙レベルのお守りなので、地球のことなら何でも大丈夫」だそうです。

1,500円はさすがに高く、購入はしませんでした。

 

御朱印は授与所で頂けます。

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丁寧に書いた御朱印を頂きました。

 

◆藤沢周辺の神社の記事

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ジム・ビームはロックで飲むに限る

今回はバーボンウィスキーのジム・ビームをご紹介します。

世界で最も飲まれているバーボンとして知られるジム・ビームは、ドイツから移住した一族により7代にわたり造られているものです。

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1740年に移民としてケンタッキーに移り住んだボーム家は、後に名前をアメリカ風に「ビーム」と改めます。当時ケンタッキーの農民は余ったトウモロコシを使ってウィスキーを造っていましたが、初代当主のジェイコブ・ビームもトウモロコシを栽培し、その一部を使ってウィスキーを造っていました。

「オールド・タブ」というブランドで売り出されたジェイコブのバーボンは好評を博し、その後の蒸留技術の進歩や産業革命による様々な進歩の波に乗ってナショナルブランドへの道を進んでいきます。

三代目のデイビット・M・ビームは鉄道駅と電報電信局の近くに蒸溜所を移動させ、より多くの人に見てもらうことで、ブランド名をアメリカ全土に浸透させました。またこれにより北部・南部ともに容易に出荷できるようになりました。

四代目のジェームズ・B・ビームは友人たちから「ジム・ビーム」と呼ばれていました。彼の代にアメリカは禁酒法の時代に突入し苦難の時期を迎えますが、1933年12月にこれが廃止になるとその僅か120日後には蒸留所を再開しました。

五代目は苦難の時期を乗り越えた四代目に敬意を表して「オールド・タブ」を「ジム・ビーム」に改めたのが1943年です。この時代に「ジム・ビーム」は世界で最も売れるバーボンとなりました。

ビーム家の直系は五代目で途絶えてしまいましたが、その後、ジムの娘が嫁いだノー家でジムの孫に当たるブッカー・ノーが六代目として後を継ぎました。
現在は七代目のフレッド・ノーがブランドを守っています。

 

まずはストレートで飲んでみます。

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同じバーボンのフォアローゼスよりは滑らかですが、やはりバーボン特有の荒々しさがあります。ピリピリとした刺激の奥に果実の甘さを感じました。

 

次はロックで飲みます。

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当ブログを立ち上げ、その中でウィスキーについてあれこれと書くようになる以前、私はスコッチならトワイスアップ、ジャパニーズならハーフロック、そしてバーボンはロックで飲んでいたため、ロックは最も馴染みのある飲み方です。氷を入れることによって荒々しさは多少弱まりましたが、ストレートで感じた滑らかさ、ピリピリ感、果実の甘さはしっかりと残っていました。

 

販促用の炭酸が付いていたため、当ブログでは初めてハイボールで飲んでみます。

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自宅でハイボールというのは実に久しぶりです。あまり好きな飲み方ではないのですが、冷えた炭酸により味が引き締まってすっきりとしたものとなり、「意外とありかも」と思いました。

 

次は水で割ります。合わせる水は「南アルプスの天然水」です。

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まずは1対1で氷を入れないトワイスアップです。

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通常はこの位の割り方でちょうど良い濃さになるのですが、今回は「薄っ!」と思いました。バーボンの個性が全て吹き飛んでしまったように思います。

 

次いで氷を入れたハーフロックです。

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氷を入れると味が引き締まり、トワイスアプよりはよくなっていますが、やはりバーボン特有の力強さがありません。

ジム・ビームに関しては今後はこれまで通りロックで飲むことになりそうです。

 

◆同じバーボンウィスキーのフォアローゼスの記事

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 ◆ジャパニーズウィスキーのブラックニッカスペシャルの記事

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◆スコッチウィスキーのティーチャーズの記事

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【御朱印】皇大神宮(藤沢)で御朱印を頂く際は事前に財布の中身をチェックすること

今回は藤沢の皇大神宮の御朱印をご紹介します。

皇大神宮といえば伊勢神宮内宮のことであり、藤沢という郊外の地にある神社がそれを名乗る以上何か重大ないわれがあるに違いないと思ったのですが、特にこれといったものはありませんでした。天照大御神のことである天照皇大神を祀る皇大神宮は各地にあるようで、藤沢の皇大神宮が特に大それたことをしでかしたわけでもなんでもなさそうです。

奈良時代に神社が創建されて以来、相模国土甘郷(とがみごう)の集落の中心であり続けた歴史のある神社です。

 

藤沢駅方面から向かうと鎮守の森の裏側に出ることになります。そのため玉垣に沿って迂回しなければなりません。

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皇大神宮の二の鳥居です。参道に横から割り込むようなかっこうになります。

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「相模国土甘郷総社皇大神宮」という社号標です。

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うっそうとした森に包まれた三の鳥居です。

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皇大神宮の敷地は約3300坪の広さがあり、多様な木々がうっそうと茂っていて、昔は烏が群棲していました。そのためこの鎮守の森は「烏森」と呼ばれ、神社は「烏森神社」とも呼ばれていました。

 

皇大神宮の社殿です。

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この場所はもともと808年に創建された石楯尾神社の敷地でした。832年に皇大神宮が創建されて相模国土甘郷の総社に列せられ、相模国土甘郷総社神明宮と称されるようになります。

後にこの辺りは相模国の住人である鎌倉景政によって荘園として開発されました。当時の荘園領主たちは圧迫を加えてくる国司や他の領主から土地を守るため、荘園を有力者に寄進してその保護を受けましたが、この地は伊勢神宮に寄進されて大場御厨と呼ばれました。

ちなみに鎌倉景政とは眼に矢が刺さってもひるまず相手を倒したということから、鎌倉の御霊神社に祀られている鎌倉権五郎景政のことです。

 

敷地内には数多くの境内社が祀られています。

左が豊受の宮、右が恵比須の宮です。豊受の宮とは伊勢神宮外宮の豊受大神宮のことでしょうか。

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山王社です。

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豊受稲荷神社です。

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稲荷神社です。

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伊勢の宮です。

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石楯尾神社です。

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石楯尾神社以外どのような経緯でここに祀られるようになったか全くわかりませんでしたが、伊勢とか豊受とかあるように伊勢神宮と関係が深かったことは十分にわかりました。

 

皇大神宮の御神木です。

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御朱印は社務所で頂けますが、このような掲示がなされていました。財布の中身をチェックすると紙幣の他は250円しかありません。

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真夏の刺すような強烈な日差しのもと自販機を求めて彷徨いました。ようやく見つけた自販機は一の鳥居のさらに先にありました。

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ここで水分補給を済ませてから再び御朱印所へ向かいました。

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しっかりとした書体の御朱印を頂きました。

 

◆正真正銘の皇大神宮である伊勢神宮内宮の記事

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◆豊受大御神を祀る伊勢神宮外宮の記事

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 ◆鎌倉景政を祀る御霊神社の記事

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藤沢の「白い惑星うどん粉星の王子」はうどんのコシのお手本だった

本日は藤沢の「白い惑星うどん粉星の王子」という何とも怪しい名前のうどん屋をご紹介します。ちなみに「うどんこほしのおうじ」ではなく「うどんこせいのおうじ」と読むようです。

 

御朱印集めであちこちの神社や寺院をまわりながら、併せて各地のうどんやラーメンも楽しんできました。ここしばらく鎌倉に特化してきましたが、どうやら主要な寺社はまわり尽くしたと言ってもいいような状況です。次のターゲットとして三浦半島を考えたのですが、ここはまたいろいろ複雑そうで事前の調査に少し時間が欲しい所です。そのためまずは自宅から手っ取り早く行ける藤沢エリアと思い、神社や寺院だけでなく駅周辺のうどん屋やラーメン屋も調べて引っかかってきたのがこの店です。

 

頭がくらくらしてくるほど日差しが強烈な日に神社を2社まわり、ふらふらになっていったん藤沢駅に戻ってきました。こんな日は冷たいぶっかけうどんが最高に美味い日です。藤沢駅徒歩7分という店を目指してよたよたと歩き始めました。

店名から少し大きめのきれいでおしゃれな店を想像していましたが、確実に店に近づいているにもかかわらずそれっぽいものが一向に姿を現しません。しかしよく見ると「うどん」と書かれた幟が一本立っています。幟が無ければ気付かずに素通りしたはずのその店は、大きめでもなくおしゃれでもない、見るからに怪しそうな雰囲気を漂わせていました。

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怪しげな店をこれまで数多く経験していた私でも入るのを少し躊躇しました。すると立ち尽くしている私の前をいかにも近隣住民と思しき人が通り抜け、スーッと店内に消えていくではないですか。かくてはならじと思い後に続きました。

 

店内はコの字型の10席くらいのカウンターのみで、店の奥でおっちゃんが一人でひたすらうどんを打ち、もう一人おばちゃんがその他のもろもろのことをしています。ということはあのおっちゃんがうどん粉星の王子ということなのでしょう。

カウンターの上に数種類の天ぷらが並んでいますが、どうやらこれは勝手に取って、会計の時に数を申告する仕組みのようです。メニューの中で一番気になった「梅しそぶっかけ大」を注文しました。うどんと梅の組み合わせというのは初めてで興味があったのです。

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しその香りが漂ってきます。うどんは半透明でピカピカしていて、見ただけで「これは当たり」と言えるものでした。柔らかいけれどもしっかりとした弾力があり、噛むのも飲み込むのも快感です。徳島産のすだちがサービスというのもありがたいものでした。すだちは醤油を使う料理には何にでも合います。

 

「うどんのコシについて知りたかったらこの店に行け」と言いたくなるような店でした。これから藤沢で乗り換える時は常に利用する店になりそうです。

白い惑星 うどん粉星の王子

住所:藤沢市藤沢89

営業時間:11:00~15:00※うどんが無くなり次第終了

定休日:不定休(Facebookで店主がお知らせするそうです)

 

◆鎌倉エリアでお勧めの「みよし」と「美水」

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【御朱印】白旗神社(藤沢)はあの義経を御祭神として祀っている

今回は藤沢の白旗神社の御朱印をご紹介します。

源義経ゆかりの地として満福寺や高館義経堂をこれまでご紹介してきましたが、その義経を御祭神として祀っているのが白旗神社です。

小田急江ノ島線に沿って南北に延びる国道467号線が藤沢バイパスと交差する場所に位置しており、白旗神社の存在は以前から知っていました。それが義経に関係する神社だったとは義経についていろいろ調べるようになった最近になって知ったことです。

 

国道467号線と藤沢バイパスです。車で江ノ島に出る時は必ずここを通ります。

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昭和59年に建立された大鳥居で、何とグラスファイバー製です。地震対策のため軽量で耐久性のあるグラスファイバーを採用したという事です。

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相模湾沖を震源とする南関東地震は発生する確率は低いとされていますが、仮に発生した場合は藤沢で震度7、腰越で10.3mの津波が予想されており注意が必要です。

 

本殿まで階段を上がります。

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義経の兜を象った鎮霊碑です。

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1835年に建てられた本殿です。

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平泉で自害した義経の首は鎌倉に送られ、弁慶の首と併せて腰越で首実検が行われました。実験終了後、二つの首は藤沢に送られ、頼朝の命により義経を御祭神として祀ったと伝えられています。

尚、弁慶の首は常光寺の隣地にある八王子社に祀られたといいます。

 

本殿の隣に置かれた「弁慶の力石」です。この石に触ると健康になり病気をしないといいますが、弁慶との直接的な関係はなさそうです。

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昭和54年に建立された神輿殿です。中央に儀式殿があり、向かって右に義経、左に弁慶の二基の神輿を収蔵しています。

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参道階段脇には20数基の庚申塔と江ノ島弁財天道標が置かれています。

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庚申塔の奥にあるこちらについては、何を調べてもわかりませんでした。

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義経の生涯については誕生から最期まで物語として詳しく伝えられていますが、実は歴史上に登場するのは黄瀬川で頼朝と対面した時から自害するまでの9年間だけで、それ以前は資料と呼べるような記録はなく不明な点ばかりのようです。

 

義経に関する唯一の資料と言える吾妻鑑は幕府が完全に北条氏のものとなった1300年頃編纂されたものとされています。

伊豆の一豪族であった北条氏ですが、配流されてきた頼朝と娘が恋仲になったばっかりに源平の争いに巻き込まれ、最終的には源氏まで滅ぼして一人勝ちしてしまいました。吾妻鑑はちょうどそのタイミングで書かれたといってもいいでしょう。

 

古事記・日本書紀に代表されるように、歴史書には時の権力者が自分の立場を正当化するために編集するという要素がありますが、2代将軍頼家を徹底的に悪者にし、「こういうバカ息子がいたから三代で滅びた」というストーリーをつくりました。

義経は北条氏とは直接の関係はなく、しかも自害して100年以上後に書かれた記述がどこまで正確かわかりません。資料というものは鵜呑みにしてはいけないことだけは確かなようです。

 

現在世間を騒がす加計学園の問題に関しても同じ事が言えます。安倍首相の説明に対して擁護する者、批判する者と真っ二つに分かれていてネットでは様々な意見が飛び交っていますが、どういう立場でそのような主張をしているのかをしっかりと見極めたいと思います。

御朱印は神輿殿横の授与所でいただけます。

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墨のかすれ具合が絶妙的な御朱印を頂きました。

 

◆源義経ゆかりの地の記事

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