酒と車と御朱印の日々

心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!信じる者は救われる!

長野駅前の「らぁめんみそ屋」は信州みその本場にふさわしい味だった

今回は長野駅前の「らぁめんみそ家」をご紹介します。

先日1泊2日で長野を旅行し、初日に上田の山家神社、眞田神社、二日目に戸隠神社をお参りしましたが、初日の夕食でたまたま入って気に入ってしまい、長野を離れる直前の夕食でも再度入った店です。

 

長野といえばやはり信州そばが有名で、これまで長野を訪れるたびに蕎麦屋に入っているのですが、どうにも気に入った店に出会うことができずにおりました。

日帰りだったこれまでと違って今回は泊まりであり、しかも戸隠は「出雲そば」、「わんこそば」と並ぶ日本三大そばの産地です。大いに期待し、初日、二日目と昼食は蕎麦屋に入りましたが、今回も当ブログでご紹介したいと思うような店には出会えませんでした。

 

初日の夜、戸隠方面行のバス停の位置を確認し、ガッツリ系の蕎麦屋がないかと駅前をうろついている際に何とも魅力的な看板を見つけてしまいました。

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長野といえば信州そばもさることながら、信州みその本場でもあります。黄色地に赤の文字というのがラーメン屋の看板の基本だそうですが、いかにも味噌をイメージさせるオレンジ色のバックに赤の文字で書かれた看板は何とも素敵です。ついついそのまま矢印の方向に向かってしまいました。

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特に行列はありませんでしたが、カウンターのみの店で私が座るとちょうど満席でした。「みそ屋」と名乗るだけあって、メニューは全て味噌味ばかりです。予想外の暑さの中で歩き回った後だったので生ビールも欲しかったのですが、瓶ビールしかありません。その他ラーメン屋につきものの餃子やチャーハンといったサイドメニューも無しという事で、その分だけラーメンに力を入れているということでしょう。

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初めて訪れた店では一番基本的なメニューということで、「味噌らぁめん」大盛を注文しました。

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しっかりと炒めているので野菜に甘さを感じます。スープは一口目には「薄い」と思ったのですが、食べ進むにつれてちょうどいい味わいになり、最後まで飲み干してしまいました。パンチのある味噌の風味が極太ちぢれ麺にからんでバランスの取れた味わいとなっていました。モチモチした食感と喉越しが素敵です。

 

気に入ってしまったので、翌日東京へ帰るバスに乗る前にもう一回入ることにしました。

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今回は石臼味噌です。長野の帰りは横川SAで釜飯を買って自宅で食べることが恒例であるため、今回は普通盛にしておきます。

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長野県産小麦を石うすで挽いた粉を使用した麺という事で、麺が茶褐色で色と味が強めとなっていました。(写真ではわからないですね)

 

長野は自然が豊かで善光寺、戸隠神社といった魅力的な寺社も数多くあります。信州みそは美味しく(前回は土産に買って帰った)、駅ビル内にある「信州くらうど」の利き酒セットで飲んだ3種類の日本酒はどれも素晴らしいものがありました。それなのにおいしい蕎麦屋にだけ出会えないのはどうしたことでしょう。

らぁめんみそ家

営業時間:11:00~25:00

定休日:無休

 

◆味噌ラーメンと幻の銘酒がセットになった「まる彦」の「みさみさセット」

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◆味噌ラーメンのあるべき凝縮した新宿「味八」

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◆印象的なお参りとなった戸隠神社の記事

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〖御朱印〗戸隠神社九頭龍社は虫歯の神でもあった

今回は戸隠神社九頭龍社の御朱印をご紹介します。

宝光社から始まった戸隠神社五社参拝もいよいよ最後となりました。

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戸隠神社九頭龍社は奥社入口バス停から大鳥居、隋神門と続く参道を抜けて石段を昇り、最後の踊り場で右の階段を上がれば奥社、左の階段を上がれば九頭龍社というような位置関係になります。

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ここを上がらないで左に向きます。

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この階段を上がると九頭龍社です。

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奥社入口バス停から最期の踊り場までは奥社の記事をご覧ください。

〖御朱印〗戸隠神社奥社は戸隠山の中腹の神社発祥の地に位置している - 酒と車と御朱印の日々

九頭龍社の社殿です。

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天岩戸伝説において下界に投げ捨てられ日本の真ん中に落ちた岩戸こそが戸隠山だという言い伝えがあり、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々を祀っているのが戸隠神社です。戸隠神社の由緒とアクセスについては宝光社の記事をご覧ください。

〖御朱印〗戸隠神社宝光社は270段の石段の上にある - 酒と車と御朱印の日々

戸隠神社五社の中で九頭龍社だけは「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々ではなく、九頭龍大神を祀っています。

神社の創建が「学問]という僧が現在の奥社の地を発見し、修行を始めた849年だとされていますが、その時には既に九頭龍大神は戸隠山の守護神として奉斎されていました。生命の源の水を司る神とされる九頭龍大神は、古来より雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神として信仰され、現在も毎朝神饌所で炊いたご飯を本殿にお供えする儀式が行われています。

尚、この時は奥社の社殿で屋根の工事がおこなわれていたため、奥社の御祭神である天手力維命も九頭龍社の社殿で祀られていました。

 

戸隠連峰の山々がすぐ近くに見えます。

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御朱印所前からは戸隠スキー場も見えました。

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御朱印は奥社と共通の御朱印所で頂けます。

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龍神様にふさわしい御朱印を頂き、これで戸隠神社五社の御朱印が揃いました。

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御朱印が揃うと記念に栞が頂けるようなのですが、あいにく欠品中という事でした。

 

この後奥社入口バス停に戻り、14:27発のバスで戸隠山を下りたので、朝9時過ぎに宝光社に入ってからちょうど5時間で奥社・九頭龍社までまわることができました。

 

戸隠山のみどころとしては戸隠神社の他に小鳥ヶ池と鏡池があります。

小鳥ヶ池は中社から奥社へ向かう車道から少しだけ森の中に分け入った場所にあります。

神社や蕎麦屋とは関係なく、鏡池ほど有名ではなく、さらに車で入れない場所にあるため訪れる人もほとんどなくひっそりとしていました。

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池の周辺は自然豊かであり、紅葉や戸隠連峰の美しさは素晴らしかったです。

 

有名な鏡池は小鳥ヶ池から山道を1時間くらい歩いた場所にあります。

途中にある硯石です。

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戸隠連峰の麓にある鏡池は、その名の通り気象条件に恵まれれば水面に鏡のように写された戸隠連峰を見ることができます。車道もつながっているためこちらはかなりの人出でした。

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この日はちょうど紅葉が見頃であったため、見事な景観を楽しむことが出来ました。私の生涯においても屈指の見事な眺めだったと思います。

 

◆戸隠神社宝光社の記事

www.goshuinbukuro.com◆戸隠神社火之御子社の記事

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 ◆戸隠神社中社の記事

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◆戸隠神社奥社の記事

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〖御朱印〗戸隠神社奥社は戸隠山の中腹の神社発祥の地に位置している

今回は戸隠神社奥社の御朱印をご紹介します。

「学問]という僧が現在の奥社の地を発見し、修行を始めた849年が戸隠神社の創建とされており、奥社は神社発祥の地であるともいうことができます。

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戸隠神社の由緒、アクセス等は宝光社の記事をご覧ください。

〖御朱印〗戸隠神社宝光社は270段の石段の上にある - 酒と車と御朱印の日々

戸隠神社中社のお参りを終えて小鳥ヶ池、硯石、鏡池に立ち寄ってから奥社入口にたどり着きました。

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寄り道した場所については九頭龍社と共にご紹介しますが、アップダウンの激しい山道を歩くことになり、途中の蕎麦屋で食事をとりながら休憩したものの、この時点でかなり足にきていました。

車でまわってきた人も駐車場に車をいれて、ここから先は奥社と九頭龍社まで2㎞歩かなければなりません。

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奥社の大鳥居です。

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奥社の案内図です。お参りから戻ってきた人たちが最後が大変だったと口々に言っていました。

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大鳥居から隋神門までの1㎞は見頃となった紅葉の中を歩きます。

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参道のちょうど中間点に位置する隋神門です。

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隋神門を過ぎると周囲は一転して杉並木になりました。

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戸隠神社は1612年に幕府から千石の朱印地を拝領しますが、それにより参道を整備し、植樹して杉並木をつくりました。その頃植えた杉が成長して現在のような杉並木となっています。

真っすぐな参道は立春と冬至の際、太陽が正面に登るそうです。

 

杉の間から戸隠連峰が見えます。

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JR東日本「大人の休日倶楽部」のCMで吉永小百合が中に入った杉の洞です。

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参道が途中から上りの石段に変わりました。

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石段の途中、左手に飯縄社があります。

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こちらでは飯縄山の主である飯縄明神を祀っています。飯縄明神は天狗と伝えられていて、上杉謙信や武田信玄が信仰した戦勝の神様です。ちなみに上杉謙信の兜の前立は飯縄権現像です。

 

石段はさらに急になり、宝光社から歩き続けてきた脚にこたえます。

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ようやく石段が終わろうとしている時、右手に小さな滝が現れました。水が当たっている石には「八水神」と刻まれています。

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鳥居の向こうに奥社が見えてきました。

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ここはもう戸隠連峰の中腹ともいって良いかもしれません。

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奥社の社殿です。

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戸隠神社奥社は「天の岩戸開きの神事」において、外界の様子を探るためにアマテラスが少しだけ開けた岩戸を怪力で開け放し、アマテラスの腕を掴んで引き出した天手力維命を御祭神として祀っています。(私がお参りしたこの日は社殿の屋根の工事のため、御祭神は九頭龍社に遷されていました)

力の神、スポーツの神ということで、開運、心願成就、五穀豊穣、スポーツ必勝などにご利益があるといわれています。

 

奥社の御朱印所は九頭龍社と共通です。何も言わずに御朱印帳を出すと二社分の御朱印を書くという事なので、どちらかだけという方は注意してください。冬季は閉鎖されるそうなので、その際は中社でいただけます。

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独特の書体の御朱印を頂きました。

◆戸隠神社宝光社の記事

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◆戸隠神社火之御子社の記事

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◆戸隠神社中社の記事

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◆戸隠神社九頭龍社の記事

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〖御朱印〗戸隠神社中社の三本杉で腹の底からパワーを感じた

今回は戸隠神社中社の御朱印をご紹介します。

戸隠神社五社の文字通り中心に位置する中社には戸隠神社の社務所も置かれ、奥社と宝光社の御朱印所が閉鎖になる冬季においても唯一御朱印が頂ける場所になります。また常時無人の火之御子社の御朱印はこちらで頂きます。

戸隠神社の由緒、アクセス等は宝光社の記事をご覧ください。

〖御朱印〗戸隠神社宝光社は270段の石段の上にある - 酒と車と御朱印の日々

中社へは火之御子社のお参りを終えて向かいました。神道は二本杉の横を上った場所にある事に気付かず、正面の鳥居から外に出たため、中社にはまたしても車道を歩いて向かうことになりました。

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遠く戸隠連峰の山々が望めます。ネットで調べてみると魅力度と共に難易度も高く、どの山をとっても「山岳経験者のグループ登山が望ましい」となっていました。

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御朱印集めで妙法ヶ岳(三峯神社奥宮)や子の権現に登ったくらいの登山歴では手も足も出せそうにありません。(YouTubeで「蟻の塔渡り」「剣の刃渡り」と検索してみてください。凄い映像が出てきます。)

 

火之御子社より高度が上がることにより紅葉も色濃くなっているように感じます。

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中社の大鳥居が見えてきました。

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戸隠神社中社の境内案内図です。

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戸隠神社中社では鳥居を中心にして、樹齢800年以上の大きな杉の木が三本、一辺がおよそ72mの正三角形状に並んで立っていて、拝殿側から時計回りに「い」「ろ」「は」と名付けられています。

「ろ」の杉です。

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「は」の杉です。

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石段の上に「い」の杉が見えます。

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「い」の杉の裏側です。両手で触っていると「願いは叶う!」という気持ちが腹の底から沸き上がってきたことが印象的です。

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さざれ滝からの流れが伊勢神宮の堀川と火除け橋のように見えました。

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境内社の日吉社です。

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境内社の五斉社です。

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境内社の天神社です。

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一番奥にある宣澄社です。

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神仏習合時代の戸隠神社では天台宗と真言宗の間で激しい法論がありましたが、その中で1468年に暗殺された天台宗大先達宣澄阿闍梨を祀る神社です。

 

拝殿を目指して石段をあがります。

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戸隠神社中社の拝殿です。

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中社の御祭神はアマテラスが天岩戸に隠れて世界が闇になってしまった際に、「天の岩戸開きの神事」の策を立案した天八意思兼命です。知恵の深い神様であることから、学業成就、試験合格、商売繁盛、開運、家内安全にご利益があるとされています。当初は奥社の相殿として創建され、1087年に現在の地に遷座されました。

拝殿の「龍の天上絵」は、平成15年に復元した狩野派の天才絵師といわれている河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の作品です

 

樹齢約700年の御神木です。

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社殿右奥のさざれ滝です。何やら神々しい雰囲気が漂っていました。

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西鳥居付近からは社務所~拝殿~青龍殿と境内が見渡せます。ちなみに戸隠神社のおみくじは満年齢と性別を伝えると神職が選んだおみくじを渡されるというもので、名物の一つなのだそうです。

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御朱印は社務所で頂けます。

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これまで見たことの無いような書体の御朱印を頂きました。

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〖御朱印〗戸隠神社火之御子社は杉の巨木に囲まれた縁結びのパワースポットだった

今回は戸隠神社シリーズの2回目で、火之御子社の御朱印をご紹介します。

戸隠神社の由緒、アクセス等は宝光社の記事をご覧ください。

〖御朱印〗戸隠神社宝光社は270段の石段の上にある - 酒と車と御朱印の日々

宝光社のお参りを終えてから約270段の石段を下り、火之御子社へ向かいました。

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戸隠神社の五社は古来から人々がお参りのために歩いてきた「神道」で結ばれているのですが、宝光社から火之御子社へ向かう神道は神輿庫の横から出ています。どうしても石段を下りて正面の鳥居から出たかったので、火之御子社へは車道を歩いて向かうこととなりました。

その後も小鳥ヶ池や鏡池に立ち寄るなど神道を外れ続け、宝光社から奥宮まで戸隠神社を全区間徒歩でまわりながら、神道を歩いたのは奥社の大鳥居から先だけという結果になっています。

 

この辺りは紅葉がちょうど色づき始めでした。

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宝光社から15分ほど歩いて火之御子社に到着しました。他の四社と比べると規模が小さいので看板が無ければ通り過ぎてしまうかもしれません。

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鳥居をくぐると2本の杉の巨木が迎えてくれます。

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火之御子社には宝光社のような派手さはありませんが、広々とした前庭を杉の巨木が囲んで落ち着いた雰囲気を出していました。

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樹齢約500年の「二本杉」です。一つの根から2本の枝がわかれて、寄り添うようにあります。縁結びのパワースポットとして訪れる人が絶えないようです。

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龍で一杯だった田無神社を思わせる手水舎です。(屋根がないから「舎」じゃないか?)

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火之御子社の社殿です。

火之御子社は1098年の創建で、アマテラスがこもった岩戸の前で舞い踊った天鈿女命を主祭神として祀っており、舞楽芸能の神、縁結の神、火防の神として人々の崇敬を受けています。

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神仏習合の影響が強く残る戸隠神社の中で、火之御子社だけは純然たる神社としての姿を保ち続けてきたと言われています。

宝光社の社殿の彫刻のような装飾類は一切なく、全体的にがっちりと造っているように感じました。どちらかというと「質実剛健」といった雰囲気です。(それが神社としての姿かどうかはわかりませんが)

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無人のため正面の引き戸に開けられた小窓から賽銭を入れるようになっています。

 

敷地内に植えられている西行桜です。

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平安から鎌倉にかけての歌人として知られる西行法師が、善光寺参詣のあと戸隠に詣でたことがあります。

火之御子社に差しかかると、遊んでいた地元の子供たちが西行の姿を見て桜の木にするすると登って行ってしまいました。

「猿のような子供たちだ」とからかうと「犬のようなお坊さんが来たからだよ」と子供たちに逆にやりこめられてしまいました。

西行は戯れ心を起こした自分を恥じ、「これ以上、神域に立ち入ったら、どんな恐ろしいことが起こるかわからない」ということで、火之御子社から戸隠山を遥拝し引き返したといいます。

しかし何人もの子供がするすると登れるような木ではないようです。

 

火之御子社は無人であるため御朱印は中社(中社から来たのならなら宝光社)で頂けます。

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素朴な雰囲気の御朱印を頂きました。

◆戸隠神社宝光社の記事

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◆戸隠神社中社の記事

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◆戸隠神社九頭龍社の記事

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〖御朱印〗戸隠神社宝光社は270段の石段の上にある

先日一泊二日で長野を旅しましたが、上田で真田家ゆかりの神社を巡った初日に続き、二日目はほぼ一日がかりで戸隠神社をまわりました。戸隠神社は長野県北西部に位置する戸隠山の山麓に配された5つの神社で構成されていますが、今回から5回に分けて各社の御朱印をご紹介したいと思います。

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◆戸隠神社の由緒

戸隠神社は日本神話に登場する天岩戸と深く関係した神社です。高天原でのスサノオの蛮行を嘆き、アマテラスは天の岩戸にこもって入り口を大岩で閉ざしてしまいますが、太陽の神が隠れてしまったことで世界は闇となってしまいます。八百万(やおよろず)の神々は困り果て、相談の結果オモイカネの案によりアメノウズメノミコトが岩戸の前で舞い踊りました。

外がにぎやかなことに気付いたアマテラスは岩戸を少し開けて様子を探りますが、その際に怪力のタヂカラオが扉を開け放し、アマテラスの腕を掴んで引き出します。タヂカラオはアマテラスが再びこもらないように岩戸を下界に投げ捨て、岩戸は宙を飛んで日本のだいたい真ん中に落ちましたが、その岩戸こそが戸隠山だという伝説が残されています。この「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々を祀っているのが戸隠神社です。

 

現在の奥社の地で「学問」という僧が最初に修験を始めた849年が戸隠神社の創建とされています。

平安時代後期以降、神仏習合の戸隠山勧修院顕光寺として全国にその名を知られ、比叡山、高野山と並び称されるような存在となりますが、明治になってからの神仏分離令とそれに伴う廃仏毀釈の動きの中で、戸隠では寺を切り離して神社として現在に至っています。

 

◆戸隠神社へのアクセス

戸隠神社は奥社の大鳥居まで車で行くことが可能です。

公共交通機関を利用する場合、長野駅前7番バス乗り場から戸隠・飯綱高原方面のバスで約1時間です。

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ループ橋経由の戸隠キャンプ場行きと県道経由の戸隠中社行きのどちらかを利用してください。

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私は8:08発の県道経由戸隠中社行を利用しました。(青いライン)

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途中から急斜面を、すれ違いも難しいような曲がりくねった細い道で登るのが県道です。

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チベットやネパールを思わせるような車窓でした。

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ちなみにループ橋経由だとこのような道になります。

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尚、戸隠奥社入口から長野駅までのバス代が1350円、御朱印の初穂料が300×5=1500円と現地では何かと出費があります。食事もそれなりの金額がかかります。戸隠高原入り口の商工会館前バス停周辺には銀行や郵便局のATMがありましたが、ここを過ぎてしまうとそういった便利なものは見当たりませんでした。財布の中身には十分に注意するようにしてください。

 

◆戸隠神社宝光社

戸隠神社の五社の中で玄関口的な存在なのが宝光社(ほうこうしゃ)です。

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宝光社の鳥居です。鳥居の奥に何やら見えます。

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宝光社の社殿まではうっそうとした杉木立の中の270段以上の石段を上らなければなりません。地獄の石段昇りだった秩父御岳神社を思い出しました。

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秩父御嶽神社と同様に傾斜の緩い迂回路である女坂がありました。

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階段の途中に位置するこちらは天満宮だそうです。

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天満宮に隣接する境内社です。

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いよいよ社殿が見えてきました。

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ちなみに石段を上から見下ろすとこんな感じです。石段の高さと傾斜がわかっていただけると思います。

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戸隠神社宝光社の社殿です。中社の御祭神で、「天の岩戸開きの神事」を考案した天八意思兼命の子である天表春命を祀っており、学問や技芸、裁縫、安産や婦女子の神とされています。

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当初は奥社の相殿として創建され、1058年に現在の地に遷座されました。

現在の社殿は1861年に建てられた戸隠神社では最も古い建物で、周囲を美しい彫刻で飾られています。

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宝光社の社殿は神仏習合時代の面影を残す寺院建築の様式を取り入れたものとされています。

Wikipediaによると寺院建築の特徴として以下の5項目が挙げられています。

①柱の上部同士を補強するため、長押を打つ

②組物の間に蟇股(かえるまた)または間斗束(けんとづか)という部材を置く

③柱は細く、天井を低めにしたものが多い

④床を張り、縁側を造る

⑤床下に亀腹を築く

個々の用語については下記を見ていただけるとかなりのところまでわかります。

組み物 - 日本すきま漫遊記

④は明らかですね。①~③も言われてみればそうかもしれません。今後寺院をお参りする際は注意して見るようにします。

 

社殿の脇に経つ神輿庫です。

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善光寺御開帳と合せた7年に一度の式年大祭では、天表春命が父である天八意思兼命とのご対面のため「中社」に向かう「渡御の儀」が行われます。

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御朱印は授与所でいただけます。

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豪快そのものの御朱印を頂きました。

◆戸隠神社火之御子社の記事

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◆戸隠神社中社の記事

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◆戸隠神社奥社の記事

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◆戸隠神社九頭龍社の記事

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 ◆地獄の石段昇りだった秩父御嶽神社の記事

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戸隠神社シリーズはぜひPCでもご覧ください。

 

〖御朱印〗大河ドラマで話題の眞田神社は歴代全上田城主を祀っている

今回は眞田神社の御朱印をご紹介します。

眞田神社は大河ドラマ「真田丸」で真田幸村が取り上げられて以降、頻繁にテレビに登場するようになった上田城内に位置しており、真田氏、仙石氏、松平氏という歴代の上田城主を祀っています。昨日ご紹介した山家神社の境内にも「真田神社」がありましたが、こちらは真田幸隆、昌幸、信幸、幸村の神霊に地域の戦没者を合祀したもので、眞田神社とは全く別の神社になります。

 

眞田神社には山家神社のお参りを終えてから向かったのですが、バスが15:30発で上田駅着が16:00着予定で、果たしてこの時間に御朱印所が開いているか気になります。途中の「原町」バス停が上田城に最も近いようなので、少しでも早く着こうとここでバスを降りました。

上田城址は現在、国の史跡となっています。

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上田城は大阪冬の陣・夏の陣で活躍した真田幸村の父である昌幸が築城し、二度にわたり徳川軍を撃退した城ですが、関ケ原の戦いで西軍が敗れて昌幸が九度山に配流となって以降、徳川家によって徹底的に破却され堀も埋められてしまいました。現在残っている城は、仙石忠政によって寛永年間に再建築城されたもので、その後仙石氏の転封により松平氏が城主となって明治維新を迎えました。

 

上田城址の入り口である二の丸橋です。

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城内の案内図です。

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上田城内はちょうど紅葉が色づき始めの時期でした。

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東虎口櫓門です。

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裏側はこうなっています。古写真等を根拠に平成5年に復元されたものです。

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東虎口櫓門を抜けると正面に眞田神社の鳥居があります。

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参道です。右側の御朱印所は幸いにも開いていました。

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眞田神社の拝殿です。

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眞田神社はもともとは江戸時代中期から明治の廃藩に至るまで約160年間上田城主であった松平氏を祀る松平(しょうへい)神社として明治12年に創建されました。その後上田城守護の神社として、築城した真田氏や再建した仙石氏も祀るよう要望が出された結果、歴代全城主を祀る上田神社となります。かつて市内にあった同名他社と紛らわしいということで、昭和三十八年に眞田神社と再度改称して現在に至っています。

しかし真田氏ゆかりの山家神社内に真田神社があることから、こちらの方がはるかに紛らわしいと思うのですがいかがでしょうか。

 

拝殿の奥にあるこちらが恐らく本殿なのではないかと思います。

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真田井戸です。城外まで通じており、敵に包囲されて籠城となっても食料の搬入や人の出入りが自由にできたといいます。

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神社の奥にある西櫓です。

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西櫓からは上田市街が一望できます。

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眞田神社では季節ごとに限定御朱印が頒布されるのですが、ちょうど秋の限定御朱印の期間中でした。

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真田昌幸の黒兜を描いた御朱印を頂きました。

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正幸の甲冑は銀粉で斜めに描かれた四段梯子が特徴です。兜の前立は「天を衝き抜ける」という意気を示し、四段梯子模様は真田の武運の長久と「死線を超える」という意味がこめられているそうです。

私の御朱印を書き終わると御朱印所が閉められてしまいましたので、まさに間一髪だったようです。

 

◆真田氏発祥の地に鎮座する山家神社の記事

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◆長野を代表する寺院である善光寺の記事

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