「こんぴらさん」として有名な香川県の金刀比羅宮では書置き御朱印をいただけます。本宮までなら785段の階段があり、境内には様々な見どころがあります。※2024年1月16日作成、2025年4月15日改定。
- 御朱印は3種類で書置き
- オリジナル御朱印帳
- 金刀比羅宮の由緒
- アクセス
- 階段の段数と所要時間は?
- 金刀比羅宮の境内の見どころ
- 奥社までの583段の階段を上がる
- こんぴら歌舞伎お練り
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御朱印は3種類で書置き
御朱印所

金刀比羅宮の御朱印所は本宮斜め前の授与所です。こちらでは御本宮で書置きの御朱印を頂ける他、白峰神社と奥社(厳魂神社)でも御朱印を頂けます。御朱印が書置きだったのはコロナとは全く関係なかったようです。
受付時間 9:00~17:00
初穂料500円
御朱印
ご本宮

白峰神社

お参りした2021年(令和3年)7月8日は無人だったため御本宮の御朱印所で頂きました。
奥社(厳魂神社)

2021年(令和3年)7月8日に御参りしたときのものです。半紙による対応でしたが、お願いするとその場で書いて下さっている様子でした。
過去に頂いた御朱印

2024年1月5日付です。

2021年(令和3年)7月8日付です。
オリジナル御朱印帳

金刀比羅宮では本宮天井の桜蒔絵をデザインした美しい御朱印帳を扱っています。全て大型サイズで紙質は普通でした。
価格 2000円
金刀比羅宮の由緒
金刀比羅宮は航海安全の神様としてあまりにも有名な神社で、人々からは親しみをこめて「こんぴらさん」と呼ばれています。香川県仲多度津郡琴平町にある象頭山の東斜面の中腹に位置しており、本宮まで785段の石段を上ってお参りします。
金刀比羅宮の創建については定かではありません。もともとは大物主神を祀る琴平神社と称しており、後に神仏習合思想の中で「金毘羅大権現」と改称しました。
1156年に発生した保元の乱に敗れて讃岐国に流された崇徳上皇が境内の古籠所に参籠しており、1164年に崩御すると翌年に合祀されています。
戦国時代に秀吉と長曾我部家の争いの中で荒廃しますが、江戸時代になって徳川光圀の兄である松平頼重が高松藩主になると保護を受けて繁栄しました。江戸時代中期に入ると全国の庶民の間に信仰が拡がり、人々は金刀比羅宮への参拝を夢見ていました。社寺参詣が庶民に許可された唯一の旅だった頃、「こんぴら参り」は「お伊勢参り」に次ぐ庶民の憧れだったといいます。
アクセス
交通

高松築港駅よりことでん利用、琴電琴平駅下車。乗車時間約1時間。
高松駅よりJR予讃線利用、琴平駅下車。乗車時間約1時間。

金刀比羅宮参拝への利便性向上のため、金曜及び休前日に寝台特急サンライズ瀬戸の琴平への延長運転を実施することもあります。


かつて「お伊勢参り」に匹敵する人気スポットだった「こんぴら参り」の表玄関だっただけに、JR四国(上)ことでん(下)共に琴平駅の駅舎は堂々たる造りです。
地図
階段がすごい寺社(記事は下に続きます)
階段の段数と所要時間は?

本宮までの795段の石段は実は曲がりくねっています。

階段は手打ちうどん体験ができることで知られた中野うどん学校の先から始まります。この日はいろいろとあった関係で、初詣期間でも何でもないのに混雑していました。

785段の石段のここが一段目です。

最初は傾斜もなだらかです。

このあたりでは階段の両脇に土産物屋が隙間なく並んでいました。

100段目を過ぎたあたりに最初の鳥居があります。

最初の鳥居をくぐると階段の傾斜が急にきつくなり、ここを「一之坂」と呼びます。

365段目にあるのが大門です。こちらから先が神域で瀬戸内海国立公園のエリアとなり、参道の両側にあった土産物屋は姿を消します。

但し、代々神社の神事に貢献してきた「五人百姓」と呼ばれる家系の店だけは大門の内側で商売を行うことを許されています。この日は三人だけ出ていました。


大門から150メートル程続く石畳の道の両側には桜が植えられており、桜馬場と呼ばれています。


櫻馬場を抜けると再び傾斜がきつくなりました。

長曾我部元親によって奉納された賢木門(さかきもん)です。建築の際に柱が1本逆さまに取り付けられたため逆木門と名付けられましたが、「逆」の字が嫌われてこの名前になりました。

御前四段坂は133段の石段です。各数十段の4段階になっており、ここを上りきれば本宮です。

本宮までは785段、本宮から奥社までは583段あり、合計1368段の階段があります。私の足で本宮まで20分、本宮から奥社まで20分くらいの距離です。
金刀比羅宮の境内の見どころ
本宮(重要文化財)

石段785段で海抜251メートルに位置しており、桧皮葺・大社関棟造りの誠に堂々たる建物で1878年再建されました。

祭神である大物主神に加え、讃岐に流されてこの地で亡くなった崇徳天皇を祀っています。

本宮からは高松平野の絶景を望むことができます。

瀬戸大橋から本州まではっきりと見えました。神代の昔にこの辺りは海岸で神社が鎮座する山は瀬戸内海に浮かぶ島であったとされ、そういった謂れもあって「こんぴらさん」は現在でも「海の神様」として人々の崇敬を集めています。
三穂津姫社(重要文化財)

1876年に建てられたもので、本宮の祭神である大物主神の后を祀っています。
旭社(重要文化財)

階段の途中にあります。1837年に建てられたものでもともとは神社を管理する神宮寺の金堂でしたが、明治の廃仏毀釈の流れの中で仏壇を廃して神座に改めました。
奥社までの583段の階段を上がる
今回お参りしたのは本宮までで、白峰神社と奥社は前々回お参りした2021年7月の記事です。
白峰神社

本宮の右奥にある鳥居が白峰神社の上り口です。

崇徳天皇を祀った神社で、社殿は1913年に建てられたものです。
奥社

奥社へは本宮から更に583段の階段を上ります。途中で朱色の建物が見えて「いよいよゴールか?」と変に期待してしまったりしますが、近づくと休憩所であったり手水舎であったりして失望させられます。

奥社は最後のこの階段を上がって鳥居をくぐった先です。

奥社の正式な名称は「厳魂神社(いづたまじんじゃ)」です。金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命が祀られています。
厳魂彦命は戦国時代に兵火によって荒廃した金毘羅大権現の再興に尽力した人物で、1613年に「死して永く当山を守護せん」と言い残し、天狗と化して忽然と姿を消した伝説が残されています。
こんぴら歌舞伎お練り
いつもは琴平で駐車場探しに苦労することなど無いのですが、お参りしたこの日は尋常じゃない混雑で車も遠方に停めるしかありませんでした。


この日は「四国こんぴら歌舞伎大芝居」出演者による成功祈願とお練りが行われる日だったようで、石段に向かう途中にお練りの行列と鉢合せしました。
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