酒とうどんと御朱印の日々

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〖歴史〗東大寺の御朱印と大仏殿・境内の見どころ

奈良の大仏として有名な東大寺では少なくとも5か所の御朱印所で華麗な書体の御朱印がいただけます。全国の総国分寺として建立された歴史ある寺院で、大仏殿以外にも南大門や二月堂などの国宝建造物があり、境内は見どころに満ちています。

御朱印所は少なくとも5か所

東大寺では有名な大仏殿の他に様々なお堂があり、その多くで数種類の御朱印を頂けます。奈良の有名な寺社では御朱印を大量に扱っている場合が多く、欲張ると交通費と滞在費に匹敵するくらいの金額を御朱印につぎ込んでしまうことになるので注意してください。

大仏殿

概要

大仏殿の御朱印所

大仏殿の御朱印所は堂内拝観ルートの出口付近にあります。(当然ながら入場料が必要なエリアです。)

志納金300円

御朱印

「華厳」と華麗な書体で記された東大寺大仏殿の御朱印

華厳宗の寺院である東大寺大仏殿だけあって「華厳」と華麗な書体で書かれています。

俊乗堂・行基堂・念仏堂

概要

俊乗堂・行基堂・念仏堂の御朱印所

これら三堂の御朱印は行基堂と念仏堂の間にある御朱印所でまとめて扱っています。

俊乗堂・行基堂・念仏堂の御朱印所で頂ける御朱印の一覧表

俊乗堂 重源上人・愛染明王・阿弥陀如来の3種類

行基堂 行基菩薩の1種類

念仏堂 地蔵菩薩の1種類

志納金300円

御朱印

「阿弥陀如来」と記された東大寺俊乗堂の御朱印

俊乗堂の阿弥陀如来の御朱印です。3種類のうちこちらだけ頂きました。

「行基菩薩」と記された東大寺行基堂の御朱印

行基堂の行基菩薩の御朱印です。

「地蔵菩薩」と記された東大寺念仏堂の御朱印

念仏堂の地蔵菩薩の御朱印です。

二月堂

概要

二月堂受納所

向かいにある二月堂受納所で頂けます。

志納金300円

御朱印

「観音力」と華麗な書体で記された東大寺二月堂の御朱印

「観音力」で多分合っていると思います。

三昧堂(四月堂)

概要

三昧堂の御朱印所

三昧堂の御朱印所は堂内で、こちらでは「十一面観音」と「普賢菩薩」の2種類頂けます。

志納金300円

御朱印

「普賢菩薩」と実直な書体で記された東大寺三昧堂の御朱印

2種類のうち普賢菩薩の御朱印を頂きました。見るからに実直そうな書体です。

法華堂(三月堂)

概要

御朱印は拝観受付で頂けます。拝観せず御朱印だけ頂くことができるかどうかは不明です。こちらでは「法華」と「不空羂索観音菩薩」の2種類の御朱印を頂けます。

志納金300円

御朱印

「法華」と華麗な書体で記された東大寺法華堂の御朱印

2種類のうち法華の御朱印のみ頂きました。こちらも華麗な書体です。

その他

その他に指図堂や戒壇院でも頂けるという情報もありましたが、あいにく工事中だったため入ることができませんでした。

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東大寺は大仏殿だけではない

大仏殿だけ拝観して東大寺をお参りしたつもりになっている方は多いのではないでしょうか。実をいうとこの私がそうで、東大寺をお参りしたことはこれまで何回かあって一通り理解しているつもりでしたが、「お水取り」の映像を見るたびに「こんな場所ってあったっけ?」状態でした。

日本の各地に国分寺を建立させた聖武天皇が「総国分寺」という位置付けで創建したのが東大寺で、奈良時代には大仏殿の他に東西2つの七重塔を含む大伽藍が整備されたといいます。焼失や倒壊といった事件があっても皇室や貴族、武家の支援を受けて復興したお堂も多く残っており、東大寺は単なる「大仏さんの寺」ではないのです。

東大寺の歴史

733年に若草山山麓に創建された金鐘寺が東大寺の起源と考えられています。741年に「国分寺建立の詔」が発せられると金鐘寺は全国の総国分寺となり、翌年には寺名も金光明寺と改められました。大仏の鋳造が始まった747年頃から東大寺と呼ばれるようになったといいます。

大仏殿が竣工したのが758年で、南大門、中門、大仏殿、講堂や僧房といった一通りの伽藍が完成したのは785年頃です。

当時としてはありえないほどの大規模工事であったことから国の財政状況が悪化し、農民層の負担が激増したことにより平城京内では浮浪者や餓死者が激増するなど負の側面も多々ありましたが、東大寺は都が平安京に移って以降も奈良の有力勢力であり続けました。1181年に平重衡による焼き討ちで大仏殿を含む多くの堂塔が焼失した際には多くの人の支援を受け、そのおかげで1195年には早くも復興が完了しています。

しかし1567年の兵火で主要なお堂が焼失した際にはそうはいかず、何とか立てた仮の大仏殿が1610年に暴風で倒壊すると大仏は露座となり、その状態は現在の大仏殿が完成する1709年まで続きました。

1998年にユネスコにより世界遺産に登録されており、若草山を背景にした大仏殿は奈良を象徴する眺望となっています。

アクセス

交通

近鉄奈良駅より徒歩約20分

興福寺の前の道を春日大社方向へ進み、一之鳥居の前で左折すると南大門に出ます。

地図

国宝の大仏殿

「世界最大級」の木造建造物

東大寺大仏殿

間口57m・奥行50.5m・高さ46.8mあります。「世界最大の木造建造物」と長らく言われてきましたが、実は20世紀以降に近代的工法で建てられた木造建築には大仏殿を上回る規模のものが存在するようです。そのため「世界最大」ではなく「世界最大級」ということになります。

斜めから見た東大寺大仏殿

創建時の建物は1181年の兵火によって焼失し1195年に再建。しかし1567年の兵火で再び焼失してしまい、1709年に再建されたのが現在の建物です。

鎌倉時代の大仏殿は間口が86mあったということですが、江戸時代の再建の際に木材が調達できず、約3分の2に縮小されました。

鎌倉時代の大仏殿の50分の1模型

江戸時代の大仏殿の50分の1模型

大仏殿内に鎌倉時代と江戸時代の50分の1模型が展示されており、大きさの違いがイメージしやすくなっています。

大仏殿内の階段

さすがにこういう階段は上り下りしたくはありません。

堂内は撮影可能

大仏の正面像

寺院の堂内は撮影不可という事例が圧倒的多数であるため、カメラをリュックにしまって大仏殿内に入りましたが、周囲の人はみんなスマホで大仏の写真を撮りまくっているではないですか。

「三脚使用禁止」と書かれた看板

「三脚使用禁止」ということは、三脚を使用しなければ問題ないようです。(公式HPに「廻廊内、大仏殿内での撮影は自由ですが、団体・グループでの集合写真の撮影および、三脚の使用はご遠慮いただくようお願い致します。」と記載されていました。)

堂内の仏像

盧舎那仏像(国宝)

左斜め前から見た奈良の大仏

言わずと知れた「奈良の大仏」です。やはり迫力が違いました。

右斜め前から見た奈良の大仏

高さ14.98mの盧舎那仏は華厳経において宇宙の中心に位置し、大宇宙の存在そのものを象徴する仏とされています。

虚空蔵菩薩像(重要文化財)

虚空蔵菩薩坐像

大仏に向かって左手に安置されており、1752年の完成です。

如意輪観音像(重要文化財)

如意輪観音坐像

大仏に向かって右手に安置されており、1738年の完成です。

廣目天像と多聞天像

廣目天像

多聞天像

堂内の北西方向に廣目天像、北東方向に多聞天像が安置されています。四天王の残り2体は未完成に終わりました。

鎌倉大仏にはない圧を感じた

高さ11,31mの鎌倉大仏に対して奈良の大仏は高さ14.98mで一回り大きなサイズであり、それだけ高い場所から見下ろされる格好となります。露座である鎌倉大仏は背景が青空になりますが、大仏殿という閉じた空間内にある奈良の大仏は背後に光拝があることもあり、何やら圧のようなものを感じました。

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国宝だらけの境内の見どころ

境内案内図

東大寺の案内図です。

南大門(国宝)

東大寺の南大門

創建時の建物は962年に台風で倒壊してしまい、現在の建物は1199年に再建されたものです。高さは基壇上25.46mもあり、山門としては国内最大です。

中門(重要文化財)

東大寺の中門

大仏殿の手前にある楼門で、1716年に再建されました。両側に延びる回廊も重要文化財です。

鐘楼(国宝)

東大寺の鐘楼

大仏殿から二月堂に向かって坂を上る途中にあり、建物は鎌倉時代に再建されたものです。

吊り下げられている鐘

吊り下げられている鐘は大仏開眼と同年の752年に鋳造されたもので、東大寺創建時の姿をそのまま現在まで伝えています。中世以前に造られた鐘としては日本最大で鐘声の振幅が非常に長く、「奈良太郎」と呼ばれています。

俊乗堂 

俊乗堂 

鎌倉時代に大仏と大仏殿を再興した中興の祖である俊乗房重源を祀っており、堂内中央に国宝「重源上人坐像」が安置されています。

行基堂

行基堂

奈良時代の著名な僧で、東大寺の創建にも貢献した行基を祀っています。

念仏堂(重要文化財)

念仏堂

1237年建立で元々は地蔵堂と呼ばれており、地蔵菩薩坐像(重要文化財)を祀っています。

閼伽井屋(重要文化財)

閼伽井屋

念仏堂から二月堂に向かって坂を上がる途中にあり、現在の建物は13世紀初頭に再建されたものと考えられています。堂内の井戸で汲んだ水を二月堂の「お水取り」で使用します。

二月堂(国宝)

東大寺の二月堂

旧暦の2月に「お水取り」が行われることからこの名前になっています。大仏殿が焼失した2度の火災を乗り越えましたが、1667年のお水取りの際の失火で焼失してしまい、2年後に再建されて現在に至っています。

建物の北側の屋根付き階段

建物の西側は急斜面になっており、懸崖造りで立てられています。舞台に上がるには南北に設けられた石段を上がります。

北側の石段の内部

北側の石段は長谷寺の登廊のように屋根が設けられています。

二月堂の正面

本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像で、どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏です。

二月堂から見た大仏殿の大屋根

二月堂から見た奈良市街

舞台に立つと、東大寺大仏殿の大屋根や奈良市街、生駒山を眺望することができます。

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お水取りの際の映像です。1270年間一度も途絶えることなく続いてきた行事ですが、お堂が焼けてしまったのもある意味当たり前だと思います。

三昧堂(重要文化財)

三昧堂

法華三昧会が旧暦の4月に開催されていたので四月堂とも呼ばれています。創建は1021年、あるいは1067年と言われており、江戸時代の初期に解体修理が行われたようです。

法華堂(国宝)

正面から見た法華堂

旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われることから三月堂とも呼ばれています。寺伝によれば733年の創建で東大寺の建築物のなかで最も古く、数少ない奈良時代建築の一つとなっています。

真横から見た法華堂

外観からは想像もつかないほど堂内の天井は高く、本尊の乾漆不空羂索観音立像を中心に10体の仏像が安置されていてそのすべてが国宝です。

その他の国宝建造物

上記の他に本坊経庫・開山堂・転害門が国宝に指定されています。

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◆「奈良公園の入口」であり「奈良の入口」でもある興福寺

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◆同じ奈良公園内にある春日大社

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◆別格だった唐招提寺

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◆全盛期の伽藍が復活した薬師寺

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◆目に映る物すべて国宝だった法隆寺

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