酒とうどんと御朱印の日々

この1年でサンライズ出雲・瀬戸に3回乗りました。こんな素晴らしい列車を廃止させてはいけません。皆さん、乗って残しましょう。

風船を割って出てくるのは水滴?と疑うような不思議な和菓子

〖阿修羅像〗興福寺の御朱印と国宝の五重塔・境内の見どころ

興福寺では2か所の御朱印所で華麗な書体の御朱印を頂けます。奈良公園の入口のような場所に位置しており、有名な五重塔や阿修羅像など国宝やら重要文化財やらで満ち満ちた境内は見どころに満ちています。

御朱印所は2か所ある

興福寺の御朱印は興福寺勧進所と南円堂前授与所の2か所で頂けます。コロナ禍になって以降「御朱印は書置き」という情勢が長く続いていただけに、華麗な書体で御朱印帳に直に書いていただけるのは有難さもひとしおでした。

奈良の有名な寺社では御朱印を大量に扱っている場合が多く、欲張ると交通費と滞在費に匹敵するくらいの金額を御朱印につぎ込んでしまうことになるので注意してください。

興福寺勧進所

概要

興福寺勧進所

中金堂に隣接した場所にあります。右奥が売店で、御朱印は中央で頂けます。

興福寺勧進所でいただける御朱印のリスト

こちらでは本来なら5種類の御朱印を頂けるようですが、2021年12月の時点では「東金堂」と「御詠歌」の2種類だけとなっていました。(恐らくコロナ対応ではないかと思われます。)

志納金300円

御朱印

「東金堂」と記され「西国四十九薬師霊場開創三十周年」の印も押された、興福寺勧進所の御朱印

東金堂の御朱印です。「西国四十九薬師霊場開創三十周年」の印も押されています。

東金堂の本尊である薬師如来の御詠歌が記された興福寺勧進所の御朱印

東金堂の本尊である薬師如来の御詠歌が記されています。

御朱印帳

こちらの御朱印帳は大型サイズ(18cm×12cm)のみで色は紫・青・赤の3種類です。

興福寺勧進所の紫の御朱印帳

私にとっては通算15冊目の御朱印帳で、表紙には五重塔と北円堂の意匠が施されています。

表紙の裏側に描かれた阿修羅像

表紙の裏側には興福寺の象徴である阿修羅像が描かれています。

価格1300円

南円堂前授与所

概要

南円堂前授与所

南円堂に面した場所にあります。

5種類の御朱印の見本

御朱印は「今興福力」「千手観音」「南円堂」「御詠歌」「一言観音」の5種類で、今回はこの内の3種類を頂きました。

志納金300円

御朱印

「今興福力」と記された興福寺南円堂前授与所の御朱印

「維摩経」の一説である「福力を興さしむ」から寺名の由来となった「今興福力」が書かれています。

「千手観音」と記された興福寺南円堂前授与所の御朱印

国宝館の本尊である千手観音の御朱印です。

「南円堂」と記された興福寺南円堂前授与所の御朱印

南円堂の御朱印は西国三十三ヶ所観音霊場第九番札所の御朱印になります。

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興福寺の由緒

興福寺の創建は669年で、藤原鎌足夫人が夫の病気快癒を願って京都の山科に建てた山階寺が起源とされています。山階寺は672年に藤原京に移転して厩坂寺と改称し、710年の平城京遷都に際しては藤原不比等によって現在の地に移転され、ここで興福寺と名付けられました。

藤原氏と関係の深い寺院であったことから興福寺は手厚い保護を受け、平安時代には大和国の荘園のほとんどを領して事実上の同国の国主となるまでになります。天皇や皇后、藤原氏らによって次々と堂塔が建てられて最盛期にはその数が百を超え、影響力は比叡山延暦寺に匹敵するほどだったといいます。

鎌倉時代以降も興福寺は大和国の実質的な支配者であり続け、江戸幕府においても広大な寺領を認められるなど強大な力を持ち続けます。そのため失火や兵火、落雷により度々火災に見舞われたものの、その都度再建を繰り返すことができました。しかし1717年の大火災で中金堂、西金堂、講堂、南大門などが焼失した際には幕府や朝廷などの支援を受けることができず、再建資金を捻出することができませんでした。

さらに明治になってからの神仏分離令とそれに伴う廃仏毀釈により大打撃を受け、寺領を没収されて多くの堂塔が解体されるなど、興福寺は廃寺同然の状況となります。

この後、廃仏毀釈の嵐が収まると1881年に寺の再興が許可されてそれ以降復興が進み、1998年に世界遺産に登録されました。

アクセス

「奈良公園の入口」で「奈良の入口」でもある

奈良駅周辺の観光マップ

奈良を訪れる際、ほとんどの方は近鉄奈良駅を利用すると思われます。「ついに奈良に着いた」という感慨に浸りながら改札を抜け、地上に出てほんの数分歩けば興福寺の堂塔が目の前にそびえています。広大な奈良公園の西端に位置する興福寺は「奈良公園の入口」であり「奈良の入口」でもあるのです。

奈良公園の鹿

最初はこういう光景に驚いて写真を撮りまくることになりがちですが、そのうちに慣れて何とも思わなくなります。

交通

近鉄奈良駅下車約7分

JR奈良駅下車約15分

地図

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五重塔と国宝だらけの境内

興福寺の境内案内図

興福寺の広大な敷地内はどう巡るか頭を悩ませることになりますが、五重塔のふもとから入るのが推奨ルートのようです。境内は国宝で満ちており、その規模の大きさと歴史の古さには圧倒されました。

五重塔(国宝)

興福寺の五重塔

興福寺の五重塔は730年に建てられたものが最初で、高さ45mという当時最も高い塔だったといいます。その後焼失と再建を5回繰り返し、現在の建物は1426年に再建された日本で2番目に高い塔です。しかし廃寺同然となった明治の廃仏毀釈の時期には売りに出されてしまい、塔を燃やして金目の金具類を取り出そうとした者が250円で買ったということもあったといいます。(伝承に過ぎないという説もある)

春日山を背景にした五重塔

現在では春日山を背景にした五重塔は古都奈良を象徴する景観となっています。

東金堂(国宝)

興福寺の東金堂

東金堂(とうこんどう)は726年に聖武天皇が叔母である元正太上天皇の病気快癒を願って建てたもので、薬師如来の東方瑠璃光浄土の姿を体現した西向きの建物です。

興福寺東金堂の正面

その後焼失と再建を5回繰り返し、現在の建物は1415年に再建されたものです。本尊の薬師如来坐像(重要文化財)は高さ2.5mの堂々たる姿で、どれだけ眺めていても決して見飽きることのない存在感がありました。

南大門跡

興福寺南大門跡

興福寺の南大門は平城京の「朱雀門」に準ずるほどの大きさであったと言われていますが、1717年の焼失の後、再建されることなく現在に至っています。

東西30メートルにも及ぶ巨大な基壇

東西30メートルにも及ぶ巨大な基壇からそのスケールが想像できます。

中金堂

興福寺中金堂の正面

興福寺伽藍の中心に位置する最も大切な建物です。

斜め前から見た興福寺中金堂

藤原不比等が創建後に焼失と再建を6回繰り返したものの、1717年の焼失後は財政的な問題から長らく再建されませんでした。1819年に再建されるもあくまでも「仮堂」としてであり、老朽化が進行したことにより2000年に解体され、2018年に現在の建物が落慶しました。

拝観休止を告げる看板

新型コロナウィルス感染予防対策として拝観休止がまだ続いていました。

仮講堂

興福寺の仮講堂

1717年に焼失した後に中金堂は財政的な問題で再建がかなわず、1819年になって町家の人々の寄付によって「仮堂」が建てられました。しかしあくまでも仮設としての建立であったため急速に荒廃が進み、そのためかつての講堂跡(現中金堂の真裏)に薬師寺の旧金堂を移築して仮金堂として建てられたのが現在の仮講堂です。

新しい中金堂が落成したことから仮金堂としての役割を終え、今後は講堂としての役割が期待されていることから仮講堂という名になっています。

国宝館

興福寺の国宝館

かつて僧が集団で食事をする場であった食堂(じきどう)があった場所に昭和34年に鉄筋コンクリート造で建てられた耐火式宝物収蔵庫です。旧食堂の本尊であった高さ5mの千手観音菩薩立像(国宝)が中心部にそびえており、そこから後ろを振り返るとちょうどそこに有名な阿修羅像が展示されていました。

巨大な千手観音像に比べると高さ1.5mの阿修羅像は意外なほどひっそりとした存在のように思え、乾漆八部衆像という八体の仏像(全て国宝)の中の一つとして展示されていたためしばらく気が付きませんでした。

大湯屋(重要文化財)

伽藍の中で少し外れた場所にあるので気を付けないと見落としてしまうかもしれません。

興福寺の大湯屋

寺の風呂場として使われていた建物で、奈良時代から存在していたといわれています。焼失・再建を繰り返し、現在の建物は1426年頃とされています。

北円堂(国宝)

興福寺の北円堂

藤原不比等の一周忌である721年に建てられてもので、1180年に焼失した後に1210年頃再建されました。日本に現存する八角円堂の中で最も美しいと評価されています。

南円堂(重要文化財)

興福寺の南円堂

藤原冬嗣が父を弔うために813年に建てたものです。現在の建物は1789年に再建されたもので、西国三十三ヶ所観音霊場第九番札所となっています。

一言観音堂

興福寺の一言観音堂

三重塔(国宝)

興福寺の三重塔

1143年に建てられ、1180年に焼失したもののすぐに再建された興福寺でも最古の建物です。

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◆やはり国宝だらけだった東大寺

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◆同じ奈良公園内にある春日大社

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◆別格に感じられた唐招提寺

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◆全盛期の伽藍が復活した薬師寺

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◆何もかも別格だった法隆寺

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