酒とうどんと御朱印の日々

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〖最新情報〗成田山新勝寺の6ヶ所で頂ける御朱印とご利益

成田山新勝寺の境内は広く、大小様々な建物が並んでいる中に6カ所の御朱印所があります。以前は5ヶ所でしたが最近になって1ヶ所増えました。それぞれのお堂でご利益も違っており、お参りする際は事前の情報収集が必須です。

成田山新勝寺の御朱印所は6ヶ所

成田山新勝寺の御朱印MAP

成田山新勝寺では大本堂の他に光明堂、釈迦堂、出世稲荷、醫王殿、平和の大塔の計6か所も御朱印を頂けます。以前は5ヶ所でしたが、2017年に醫王殿が建立されて1ヶ所増えました。もっとも以前平和の大塔で頂けていた2種類の内の一つが醫王殿に移されただけであり、全体で6種類というのは変わりません。

志納金各300円

御朱印帳は大型サイズ

成田山新勝寺の3種類の御朱印帳

成田山新勝寺の大本堂と護摩受付所では3種類の御朱印帳を扱っています。サイズは縦18㎝・横12㎝の大型サイズで、価格は2000円です。

紙質についてはサンプルに触ることができなかったので不明です。

御朱印所ごとに異なるご利益

成田山新勝寺では広大な敷地に多くのお堂が建てられており、それぞれ異なったご利益があるとされています。寺社自らご利益をアピールする事例はあまりなかったように思いますが、成田山新勝寺では「各所のご利益を見る」として公式HPで各お堂のご利益を分かりやすく表示しています。

各所のご利益を見る – 大本山成田山新勝寺

大本堂の御朱印とご利益

成田山新勝寺の大本堂

1968年に建立された中心道場です。

斜め前から見た成田山新勝寺の大本堂

最も重要な御護摩祈祷を行う場所であり、誰でも堂内に上がることができます。

ご利益:全て

御朱印所

堂内の他、境内に3か所設けられた御護摩受付所で頂くことができます。

御朱印

令和2年12月3日付御朱印

成田山新勝寺大本堂の令和2年12月3日付御朱印

平成28年5月18日付御朱印

成田山新勝寺大本堂の平成28年5月18日付御朱印

釈迦堂(重要文化財)の御朱印とご利益

成田山新勝寺の釈迦堂

1858年に建立されたかつての本堂で、大本堂の建立にあたり現在の場所に移築されました。

釈迦堂の板壁に貼られた彫刻

釈迦堂の板壁に貼られた彫刻

釈迦堂の板壁に貼られた彫刻

周囲の板壁には見事な彫刻が取り付けられています。

ご利益:開運厄除

御朱印所

釈迦堂の御朱印所

釈迦堂の右側側面。

御朱印

令和2年12月3日付御朱印

成田山新勝寺釈迦堂の令和2年12月3日付御朱印

平成28年5月18日付御朱印

成田山新勝寺釈迦堂の平成28年5月18日付御朱印

出世開運稲荷の御朱印とご利益

覆堂に覆われた出世開運稲荷

佐賀城主稲葉丹後守が18世紀初頭に寄進したもので、古来より出世稲荷と呼ばれています。成田山新勝寺の諸堂の中でこちらだけ覆堂に守られています。

絢爛豪華な社殿

社殿は絢爛豪華で美しい装飾が施されています。

ご利益:出世、商売繁盛

御朱印所

出世開運稲荷の御朱印所

階段を上がり、参道を進んだ右手

御朱印

令和2年12月3日付御朱印

成田山新勝寺出世稲荷の令和2年12月3日付御朱印

平成28年5月18日付御朱印

成田山新勝寺出世稲荷の平成28年5月18日付御朱印

光明堂(重要文化財)の御朱印とご利益

成田山新勝寺の光明堂

1701年建立で江戸中期の貴重な建物です。かつての本堂で、新本堂(現釈迦堂)の建立に際して本堂の後方に移築され、さらに昭和39年の大本堂建立にあたって現在地に移築されました。

ご利益:恋愛成就

御朱印所

堂内の左奥にあります。

御朱印

令和2年12月3日付御朱印

成田山新勝寺光明堂の令和2年12月3日付御朱印

平成28年5月18日付御朱印

成田山新勝寺光明堂の平成28年5月18日付御朱印

醫王殿の御朱印とご利益

成田山新勝寺の醫王殿

2017年に建立された最も新しいお堂です。

ご利益:健康長寿、病気平癒

御朱印所

堂内右手奥で、順路の最後にあります。(混雑時は平和の大塔にて受け付けます。)

御朱印

成田山新勝寺醫王殿の御朱印

平和の大塔の御朱印

平和の大塔

1984年に建立されました。1階には成田山の歴史展示や写経道場等の各種受付があり、2階には巨大な不動明王像が祀られています。大本堂でよく見えなかったお不動様をこちらではしっかりと拝むことができます。

御朱印所

1階の入口から入ってすぐ右手

御朱印

令和2年12月3日付御朱印

成田山新勝寺平和の大塔の令和2年12月3日付御朱印

平成28年5月18日付御朱印

成田山新勝寺平和の大塔の平成28年5月18日付御朱印

成田山新勝寺薬師如来の御朱印

「薬師如来」の御朱印は平成28年当時は平和大塔で頂いていました。

成田山新勝寺の歴史

平将門の乱鎮定祈願がきっかけ

成田山新勝寺の起源は平安時代に発生した平将門の乱の鎮定祈願にあります。空海が刻んだ不動明王像を奉じた寛朝僧正が京都からこの地に入り、護摩を焚いて戦乱の鎮定を祈願したところ結願の日に平将門が討たれたといわれています。

役割を終えた寛朝僧正が京都に戻ろうとしましたが不動明王がこの地を動かなかったことからこの地に寺院を建立し、「新しく勝った寺」ということで成田山新勝寺が開山されたといいます。(「宗吾霊堂」の名で知られる近隣の東勝寺より新しいから、という説もある。)

戦国時代の混乱の中で寂れた寺院となってしまいましたが、江戸時代になって世の中が落ち着くと伽藍が再建され、江戸で出開帳を度々行ったことで庶民の信仰を集めるようになりました。

歌舞伎の市川家との関係

成田屋を屋号とする歌舞伎の市川家と成田山は緊密な関係で知られています。

初代市川團十郎の父は新勝寺にほど近い場所の出身でした。子宝に恵まれなかった初代團十郎は成田山に子授けを祈願したところ待望の長男を授かりました。初代團十郎はこれに感謝して不動明王をテーマにした歌舞伎を演じますがこれが大ヒットします。その後も成田山を扱った芝居を上演し続け、これにより成田山は江戸庶民に人気の寺院となったのです。

初代と同様に男子に恵まれなかった7代目團十郎も子授けを祈願すると報われました。そして産まれた8代目も人気役者となり成田屋はますます繫栄します。

7代目市川團十郎像

境内の額堂には7代目市川團十郎像が置かれています。

歴代の市川團十郎肖像

成田山の御利益が市川家を繁栄させ、それが今度は成田山の繁栄につながりました。両者の持ちつ持たれつの関係は現在まで続いており、境内の休憩所には初代から現13代目までの代々の肖像が展示されていました。

アクセス

交通

JR線成田駅・京成成田駅徒歩10分

参道

成田山新勝寺の参道

JRでも京成でも途中で参道が合流しますが、前方に三重塔の屋根が見えてくるあたりからまるで江戸時代にタイムスリップしたかのような街並みになります。印旛沼や利根川が近くにあったためこのあたりではうなぎが最大の名物となっており、このあたりまで来ると参道全体にうなぎを焼くにおいが漂っています。

地図

成田山新勝寺のその他の見どころ

総門

成田山新勝寺の総門

参道の終点付近にそびえる成田山新勝寺の表玄関です。2008年に建立された総欅造の門で、高さ約15mです。

仁王門(重要文化財)

成田山新勝寺の仁王門

1831年に再建されたものです。

中央の「魚がし」の文字が大きく目立つ大提灯

中央の「魚がし」の文字が大きく目立つ大提灯は、魚河岸講の奉納によるものです。

三重塔(重要文化財)

成田山新勝寺の三重塔

1712年に建立され、総高は25mです。

絢爛豪華な三重塔の装飾

各地で三重塔はいろいろと見てきましたが、これだけ絢爛豪華なものは他に記憶がありません。

額堂(重要文化財)

成田山新勝寺の額堂

1861年に創建された奉納額や絵馬を掲げるための建物です。

旧本堂薬師堂

表参道の途中にある旧本堂薬師堂

成田山新勝寺の境内ではなく表参道の途中に位置しています。

旧本堂薬師堂

薬師堂は徳川光圀や初代市川團十郎もお参りした旧本堂で、1655年に建立された成田山に現存する最古の建築物です。現在の釈迦堂を本堂とした1855年にこの地に移されました。 

孫の動画をテレビの大画面で見られる。ただそれだけのことでビックリするくらい両親は喜んでくれます。「まごチャンネル」でリモート帰省と実家の安否確認。

★スマホでご覧の方はPCでも見て頂きますと写真がよくわかります。

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◆成田山から約6kmの場所にある宗吾霊堂

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