酒とうどんと御朱印の日々

酒好きの不動産ライター兼旅ライターによる渾身のブログ

〖茶室〗増上寺の2ヶ所で頂ける御朱印と東京を代表する風景

今回は増上寺の御朱印と境内の茶室で開催された茶会をご紹介します。御朱印は2ヶ所で頂ける他、毎月第4日曜日は境内の茶室で茶会が開催されています。徳川家の菩提寺であった増上寺は時代に翻弄され続けてきましたが、先の大戦による荒廃から立ち上がり、現在では東京を代表する風景を作り上げています。

時代に翻弄された増上寺の激動の歴史

徳川家の保護により繁栄した江戸時代

増上寺といえば言わずと知れた徳川家の菩提寺ですが、歴史的には家康より約200年前の1393年に現在の麹町あたりに創建されたといいます。徳川家の菩提寺となったのはたまたま偶然で、家康の江戸入府の際たまたま増上寺の前を通り住職と面会したことがきっかけだったといいます。

1598年に家康により現在に地に移されますが、江戸の裏鬼門の抑えという役割があったと考えられています。

増上寺の敷地その後も徳川家代々の保護により江戸時代は大変に繁栄しました。今の芝公園全体が寺の敷地だったといいますから相当なものです。寺所有の領地(寺領)は一万余石。二十五万坪の境内には、坊中寺院四十八、学寮百数十軒が立ち並び、「寺格百万石」とうたわれています。

明治になって以降の苦難

明治になって仏教界に逆風が吹く中で増上寺は敷地を召し上げられ、更に二度の大火で多くの伽藍が消失するなど苦難の時期を迎えます。それでも伊藤博文を新たな檀徒として迎えるなどして再興を図り、大正期には焼失した大殿やそのほかの堂宇の整備・復興も着々と進展していきました。

昭和20年の伽藍配置昭和20年の時点の境内の配置図で、敷地だけでも現在の約3倍の規模があります。しかし東京大空襲によりその大半が焼失してしまいました。

現在の配置現在はこのようになっています。

重要文化財の台徳院霊廟惣門

徳川秀忠の霊廟である台徳院霊廟は現在のザ・プリンスパークタワー東京の敷地内にあり、内外を装飾彫刻、彩色、漆塗等で装飾した江戸時代を代表する壮大な規模の建築物で日光東照宮に引けをとらないものだったといいます。

台徳院霊廟惣門空襲で焼失してしまい、現在は惣門のみ残されています。宝物展示室に10分の1のスケールで忠実に再現した模型が展示されており、模型といえど意外なほどの迫力で一見の価値があります。愚かな戦争で貴重な文化財を失ってしまったのだということを改めて思い知らされました。

東京タワーと一体化した、東京を代表する風景

戦時中の空襲により焼失していた大殿が再建されたのが昭和49年ですからその頃既に周囲に東京タワーやプリンスホテルが出来上がっていました。

東京タワーとプリンスホテル大殿の設計者の大岡實はこれらの建物に負けないだけの華麗さや雄大さを表現しようとして様々な工夫をしています。

大殿と東京タワー背後に東京タワーがあり隣に高さ30mのプリンスホテルがある環境では普通の建物では谷間に潜ったようになってしまいます。そこで誕生したのが重層の錣葺入母屋造本堂でした。これにより伝統的寺院建築と近代的なタワーが一体となった東京を代表する風景ができあがったのです。

2ヶ所で頂ける増上寺の御朱印

御朱印は本殿右隣りの安国殿と増上寺宝物展示室でいただけます。

安国殿

安国殿安国殿では「黒本尊」と「一筆写経」をするといただける「南無阿弥陀仏」の2種類の御朱印をいただけます。

「黒本尊」の御朱印職員の方に効きましたが、御朱印帳に直書きしていただけるのはこれだけのようです。

「一筆写経」のポスター「一筆写経」は書置きのみです。

「一筆写経」「写経」といっても「南無阿弥陀仏」と日付・氏名だけです。(納経料500円)

南無阿弥陀仏の御朱印

増上寺宝物展示室

増上寺宝物展示室こちらでは「台徳院」「五百羅漢」「皇女和宮」の3種類いただけます。(書置き)

3種類の御朱印1枚につき300円以上「寄付」という形式で募金箱に入れます。そのためお釣りは出ないので注意してください。

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増上寺の境内

大門

大門地名や駅名にもなっている「大門」は増上寺の旧総門です。明治になって増上寺が経済的に困窮して維持できなくなると東京府に寄付されますが、なぜか東京都の財産目録から抜け落ちてしまい所有者不明のまま放置されてきました。その後東京都が所有物であることを認め、2016年3月25日に増上寺に返還されました

三解脱門

三解脱門増上寺を象徴しているこの門は1622年に建てられ、明治期の二度にわたる火災や、空襲の被害からも逃れた重要文化財です。どんよく・いかり・ぐちという三つの煩悩から解脱する悟りの境地を表現しています。

鐘楼堂

鐘楼堂

収められている大梵鐘は1673年に鋳造されたもので、東日本では最大級です。ここで撞く鐘の音は江戸の大半で聞こえたといいます。

水盤舎

水盤舎清揚院(徳川家光三男)の霊廟から移築したもので。徳川将軍家霊廟建築を伝える遺構の一つです。

大殿

本尊の阿弥陀如来を祀る大殿は首都圏で最大級の御堂です。

大殿三解脱門から西に位置する大殿本堂に至る道程は、現世から極楽浄土に至る世界を表しています。そのため、増上寺の大殿は西方浄土を視覚的に表現した造りになっています。

千躰子育地蔵菩薩

子育地蔵菩薩幼い子や孫への愛情の表れとして赤い帽子、前掛け、風車を奉納しています。

景光殿表門

景光殿表門

現在は圓光大師堂の前に移築されていますが、徳川家の菩提寺として隆盛を誇った往時の華麗さを伝える数少ない遺構の一つです。

葵の御紋門には葵の御紋も残されています。

圓光大師堂

圓光大師堂法然上人を祀っています。

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徳川将軍家墓所

徳川将軍家墓所増上寺には二代将軍秀忠を始めとする6人の将軍、5人の正室、5人の側室、その他歴代将軍の子女多数が埋葬されています。かつて大殿の左右に立ち並んでいた霊廟は全て空襲で焼失したため、現在は大殿の奥に設けられた墓所に改葬されました。

鋳抜門墓所の正面の門は「鋳抜門」と呼ばれる旧国宝です。

本格的茶会が開催される貞恭庵

貞恭庵は皇女和宮ゆかりの建物で四畳半二間の茶室からなっています。

茶会の看板こちらでは毎月第4日曜日に茶会が開かれています。茶雅馬茶道教室が主催する本格的なもので、これまで体験してきた「お寺カフェ」とは全く違っていました。

茶碗粉っぽさの全くないねっとりとした味わいのお茶で、これまで飲んだことのないものでした。

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