酒とうどんと御朱印の日々

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〖ご利益〗増上寺の2か所で頂いた5種類の御朱印と東京を代表する風景

増上寺では2ヶ所の御朱印所で計5種類の御朱印を頂きました。徳川家の菩提寺であったことから時代に翻弄され続けてきましたが、先の大戦による荒廃から立ち上がり、現在では東京を代表する風景を作り上げています。戦に勝ち抜いて太平の世をつくった徳川家康にあやかり、「勝負運」「厄除け」のご利益を頂けるとされています。

2か所で計5種類の御朱印を頂いた

増上寺では安国殿と宝物展示室の2か所で合計5種類の御朱印を頂きました。限定御朱印の種類も豊富にあるようで、一説によると一年間の御朱印は30種類前後にも及ぶようです。しかし年間を通して普通に頂けるのはこの5種類ではないかと思います。

安国殿で頂いた御朱印

御朱印所

増上寺の安国殿2022

御朱印所は入場してすぐ右手にあります。

安国殿では「黒本尊」と「一筆写経」をするといただける「南無阿弥陀仏」の2種類の御朱印をいただけます。職員の方に聞きましたが、御朱印帳に直書きしていただけるのはこれだけのようです。

「一筆写経」を告知するためのポスター

「一筆写経」は書置きのみです。

「一筆写経を書くための台紙」

「写経」といっても「南無阿弥陀仏」と日付・氏名だけです。

志納金500円

御朱印

黒本尊

令和4年7月の黒本尊の御朱印

中央にでかでかと押された三つ葉葵の紋章が印象的です。

南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏の御朱印

過去に頂いた御朱印

平成28年6月8日付「黒本尊」の御朱印

平成28年6月8日付です。

宝物展示室で頂いた御朱印

御朱印所

宝物展示室の入口

御朱印所は入場券取扱所で扱っています。

こちらでは「台徳院」「五百羅漢」「皇女和宮」の3種類いただけます。(書置きのみ)

1枚につき300円以上「寄付」という形式で募金箱に入れます。そのためお釣りは出ないので注意してください。

御朱印

台徳院

台徳院の御朱印2022

五百羅漢

五百羅漢の御朱印2022

皇女和宮

皇女和宮の御朱印2022

増上寺の歴史とご利益

徳川家との深い結びつきで知られている増上寺の起源は意外と古く、家康より約200年前の1393年に現在の麹町あたりに創建されたといいます。徳川家の菩提寺となったのはほんの偶然で、1590年の江戸入府で増上寺の前を通った際に家康が住職と面会したことがきっかけだったといいます。

1598年に家康により現在に地に移されますが、江戸の裏鬼門の抑えという役割があったと考えられています。

その後も徳川家代々の保護により江戸時代は大変に繁栄しました。寺所有の領地は一万余石といわれ、現在の芝公園よりも広かったという境内には寺院や学寮が立ち並び、「寺格百万石」とうたわれています。

明治になって仏教界に逆風が吹く中で増上寺は敷地を召し上げられ、更に二度の大火で多くの伽藍が消失するなど苦難の時期を迎えますが、大正期には焼失した大殿やそのほかの伽藍の整備・復興も着々と進展していきます。1945年の時点で敷地だけでも現在の約3倍の規模がありましたが、東京大空襲によりその大半が焼失してしまいました。

現在の大殿が再建されたのは1974年です。

関ヶ原の戦に打ち勝ち260年もの太平の世を築いた徳川家康にあやかり、増上寺は「勝負運」「厄除け」のご利益を頂けるとされています。

アクセス

交通

山手線浜松町駅徒歩約10分
三田線御成門駅・芝公園駅徒歩約3分
浅草線・大江戸線大門駅徒歩約5分
大江戸線赤羽橋駅徒歩約7分
日比谷線神谷町駅徒歩約10分

地図

東京を代表する風景である増上寺の境内

大門

増上寺の大門

地名や駅名にもなっている「大門」は増上寺の旧総門です。明治になって増上寺が経済的に困窮して維持できなくなると東京府に寄付されますが、なぜか東京都の財産目録から抜け落ちてしまい所有者不明のまま放置されてきました。その後東京都が所有物であることを認め、2016年3月25日に増上寺に返還されました

三解脱門(重要文化財)

増上寺の三解脱門

増上寺を象徴しているこの門は1622年に建てられ、明治期の二度にわたる火災や、空襲の被害からも逃れた重要文化財です。どんよく・いかり・ぐちという三つの煩悩から解脱する悟りの境地を表現しています。

鐘楼堂

増上寺の鐘楼堂

収められている大梵鐘は1673年に鋳造されたもので、東日本では最大級です。ここで撞く鐘の音は江戸の大半で聞こえたといいます。

大殿

本尊の阿弥陀如来を祀る大殿は首都圏で最大級の御堂です。

増上寺の大殿の正面

三解脱門から西に位置する大殿本堂に至る道程は、現世から極楽浄土に至る世界を表しています。そのため、増上寺の大殿は西方浄土を視覚的に表現した造りになっています。

増上寺と東京タワーが一体となった光景

戦時中の空襲により焼失していた大殿が再建された頃、既に周囲に東京タワーやプリンスホテルが出来上がっていました。こういった環境では普通の建物では谷間に潜ったようになってしまうため、重層の錣葺入母屋造の本堂とすることで伝統的寺院建築と近代的なタワーが一体となった東京を代表する風景ができあがったのです。

千躰子育地蔵菩薩

千躰子育地蔵菩薩

幼い子や孫への愛情の表れとして赤い帽子、前掛け、風車を奉納しています。

景光殿表門

景光殿表門

現在は圓光大師堂の前に移築されていますが、徳川家の菩提寺として隆盛を誇った往時の華麗さを伝える数少ない遺構の一つです。

徳川将軍家墓所

徳川将軍家墓所

増上寺には二代将軍秀忠を始めとする6人の将軍、5人の正室、5人の側室、その他歴代将軍の子女多数が埋葬されています。かつて大殿の左右に立ち並んでいた霊廟は全て空襲で焼失したため、現在は大殿の奥に設けられた墓所に改葬されました。

鋳抜門

墓所の正面の門は「鋳抜門」と呼ばれる旧国宝です。

尚、墓所の拝観料は500円です。

有章院霊廟二天門(重要文化財)

有章院霊廟二天門

江戸幕府七代将軍徳川家継の霊廟の惣門だった建物で、1717年に八代将軍徳川吉宗が建立しました。日光の東照宮に劣らぬ豪華な霊廟だったのだといいますが、1945年5月の東京大空襲で焼失して二天門だけが残されました。

台徳院霊廟惣門(重要文化財)

台徳院霊廟惣門

徳川秀忠の霊廟である台徳院霊廟は現在のザ・プリンスパークタワー東京の敷地内にあり、内外を装飾彫刻、彩色、漆塗等で装飾した江戸時代を代表する壮大な規模の建築物で、有章院霊廟と同様に日光東照宮に引けをとらないものだったといいます。しかし空襲で焼失してしまい、惣門のみ残されました。

宝物展示室に10分の1のスケールで忠実に再現した模型が展示されており、意外なほどの迫力で一見の価値があります。愚かな戦争で貴重な文化財を失ってしまったのだということを改めて思い知らされました。

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