酒とうどんと御朱印の日々

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〖材木座〗補陀洛寺の御朱印と「竜巻寺」と呼ばれるに至った歴史

 今回は補陀洛寺(ふだらくじ)の御朱印をご紹介します。源頼朝の祈願所で創建当初の補陀洛寺は七堂伽藍を構えた大寺院でしたが、度重なる火災や竜巻の被害にあったことから別名「竜巻寺」とまで呼ばれています。

補陀洛寺の御朱印

御朱印所

御朱印所

御朱印所は本堂を右手に進み、突き当りを左に曲がった奥にあります。

志納金300円

御朱印

御朱印

歴史ある寺院にふさわしい品格のある御朱印です。

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「竜巻寺」と呼ばれるに至った歴史

補陀洛寺は1181年に源頼朝が打倒平家を祈願するために「怪僧」文覚を開山として建てた寺院です。

文覚は頼朝のブレーン的な存在の僧として知られています。もともとは武士でしたが出家して僧となり、各地で荒行を重ねて京都に帰ります。この時に神護寺への勧進を強訴したことで後白河法皇の怒りを買って伊豆に流されて、ここで平治の乱で敗れて配流されていた源頼朝と出会うことになります。

文覚は頼朝に天下の情勢を説明して打倒平家のために挙兵することを説き、頼朝に決断させたことにより文覚は幕府の要人として大きな影響力を持つことになるのです。その際に大きな包みからドクロを取り出し、これは頼朝の父である義朝の遺骨だと述べた逸話も残っています。

創建当初の補陀洛寺は七堂伽藍を構えた大寺院でしたが、度重なる火災や竜巻の被害にあい本堂を残すのみとなり、別名「竜巻寺」とまで呼ばれています。その唯一残った本堂も関東大震災で倒壊し、現在の建物はその後になって再建されたものです。

アクセス

交通

横須賀線鎌倉駅から京浜急行バス7番乗り場「逗子・葉山駅」行き、材木座下車

地図

補陀洛寺の境内

山門

山門

妙本寺~長勝寺の区間では要所要所にあった案内板があって迷うことはないのですが、材木座エリアに入るとそれも姿を消し、スマホのGPS機能を頼りに何とかたどり着きました。ぱっと見では寺院とはとても思えませんが、よく見ると左側に源頼朝の祈願所であることを示す石柱が建っています。

本堂

本堂

「補陀洛(ふだらく)」とは梵語のボータラカを音写したもので観世音菩薩の浄土を示す言葉です。観音菩薩が住んでいる海の向こうの補陀落山を目指す補陀洛思想に由来した寺院のようです。

本尊は平安末期の作である十一面観世音菩薩像で、他にも多くの仏像が安置されていますが、これまで何度となくあった火災や竜巻にも焼けずに残りました。

その他に平家滅亡の際に総大将である平宗盛が持っていたという平家の赤旗、源頼朝の位牌、源頼朝自刻の頼朝像といった数々の寺宝が遺されており、これらは申し出れば拝観できるそうです。

石碑「市瀬正毅先生を偲ぶ」

石碑

1949年に湘南高校が夏の甲子園に初出場初優勝の快挙を成し遂げた際の野球部長だった方のようです。湘南高校と言えば横浜翠嵐高校、希望が丘高校と並んで神奈川の県立三大名門校と呼ばれるほどの進学校で、そのような高校の野球部が甲子園に出場してしかも優勝するなど今後は二度とないでしょう。

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◆材木座へ向かう途中にある大町エリアの寺社

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◆材木座エリアの入り口に位置する長勝寺の記事

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◆鎌倉四大寺院の一つである材木座の光明寺の記事

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