銭洗弁財天宇賀福神社では書置きの御朱印を頂けます。源頼朝が神のお告げを受けたことをきっかけとして誕生した神社で、お金を洗って金運アップを目指すご利益で有名です。
御朱印以外にもいろいろやっています
書置き御朱印の魅力とは?
御朱印所

銭洗弁財天の御朱印は正面の線香と蝋燭を販売している社務所で頂けます。御朱印は全て書置き対応です。

受付時間 8:00~16:00
初穂料 300円
御朱印

中央部分に押された3つの三角形は鎌倉幕府の執権として実権を握った北条氏の家紋である「三つ鱗」です。独特な書体は直書きだった頃からそれほど変わっていません。
過去に頂いた御朱印

2022年8月12日付です。

コロナ前の2016年6月19日付で、この時は直書きでした。
オリジナル御朱印帳
銭洗弁財天では美しいデザインのオリジナル御朱印帳を扱っています。
サイズは小型のみで紙質は普通でした。
価格1500円
頼朝の夢枕に神が現れた
鎌倉は三方を山に囲まれて防御上非常に有利な地形をしていましたが、人や物資の行き来のためには山の稜線を切り開いて道を作る必要があります。こうして通した道は切通と呼ばれており、鎌倉への出入り口として重要な場所となっていました。
鎌倉七切通の一つである化粧坂は扇ヶ谷から佐助ヶ谷につながっています。佐助ヶ谷は銭洗弁財天や佐助稲荷神社がある地域であり、「佐殿(すけどの)」と呼ばれていた源頼朝ゆかりの場所でありました。
平治の乱で敗れて伊豆に流されていた頼朝の夢枕にこの地域の稲荷神が現れて挙兵を勧め、最終的に平家を滅ぼして鎌倉に武家政権を樹立することに成功します。「佐殿を助けた」ということでこの地域一帯は佐助ヶ谷(さすけがやつ)と呼ばれるようになりました。
そして巳年である1185年巳月巳の日巳の刻に出現した宇賀神から頼朝に「佐助に湧き出す水で神仏を供養すれば、天下泰平の世が訪れる」とのお告げがあり、探してみると確かに岩壁から霊水が湧き出ていました。
この頃は壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした直後であり、神仏に感謝したい気持ちも強かったことでしょう。そこで岸壁に洞を穿いて宇賀神を祀ったのが現在の銭洗弁財天です。
1257年に、北条時頼がこの霊水で銭を洗って一族繁栄を祈ったのが銭洗の始まりだといわれています。
アクセス
交通
横須賀線鎌倉駅徒歩約18分
鎌倉の周辺部へ行く時は厳しい上り坂を覚悟しなければなりません。

佐助稲荷神社への道と分かれると後は源氏山公園へ向かう急坂をひたすら上ることになります。
地図
金運の御利益(記事は下に続きます)
境内の見どころを徹底紹介
境内案内図

社号標

銭洗弁財天は源氏山公園へ続く坂の途中に急に現れます。

このトンネルは戦後掘られたものです。

凝灰岩で出来た山を手堀りでくりぬいたようです。
裏参道

トンネルが掘られるまではこちらが表参道でした。
本社

水の神様である市杵島姫命が祀られています。
奥宮


本社向かって左手の洞窟内に宇賀神と弁財天を祀る奥宮があります。

こちらでは鎌倉五名水の一つに数えられる霊水「銭洗水」が湧き出しています。

社務所で200円を払って線香と蠟燭を買いザルを借り、線香と蝋燭は本社にお供えします。

ザルにお金を置き、柄杓で水をかけて洗います。洗った金はハンカチ等でよく拭き、保存するのではなく「使う」ことが大切だそうです。使うことによって世の中にお金がまわり、きっと倍くらいになって自分の所に戻ってくるでしょう。
境内社
上之水神宮

横穴に社殿がはめ込まれたようになっています。近代になって掘られた穴に50年ほど前に建てられたものだそうです。

社殿の脇から流れ出した水で池が出来ていました。
下之水神宮

池に囲まれた中にあります。

橋の左側では「一条の滝」と呼ばれる滝が勢いよく池に流れ落ちていました。
七福神社

七福神を祀っています。
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