谷保天満宮(やぼてんまんぐう)では直書きの御朱印が復活しました。一之鳥居から坂を下って社殿に至る「下り宮」で、江戸時代の建物が残る境内には様々な見どころがあります。
御朱印以外にもいろいろやっています
谷保天満宮の直書き御朱印
御朱印所

御朱印は社殿向かって左手の寶物殿で頂けます。コロナ禍の頃は書置きのみの対応でしたが、めでたく直書き御朱印が復活していました。
受付時間 9:00~16:30
初穂料 500円
御朱印

カラフルで美しい御朱印です。やはり直書き御朱印は有難いものがあります。
過去に頂いた御朱印

コロナ禍の真っ最中だった2020年9月27日付は書置きでした。

2020年(令和2年)11月15日付で、購入した御朱印帳に記入済みだったものです。

2016年(平成28年)9月28日付です。
「日本一キレイでかわいい」御朱印帳
谷保天満宮のオリジナル御朱印帳は「日本一キレイでかわいい」と言われており、特に女性に人気があります。

普通サイズと大型サイズの2種類あり、紙質は良好です。

通算で13冊目の御朱印帳として購入しました。

こちらが裏表紙です。
価格2000円~2500円
大宰府より古い「東日本最古」の天満宮
谷保天満宮は東京都国立市谷保(やほ)に位置する神社です。もともとの読み方は「やぼ」でしたが、現在の南武線が1929年に全通した際に駅名が「やほ」となり、地名までそれに引きずられてしまいました。しかし神社の社名だけは現在でも「やぼてんまんぐう」のままです。
谷保天満宮の創建は903年で東日本最古の天満宮と言われています。藤原時平の陰謀により菅原道真が太宰府に左遷された際、道真の三男であった道武も武蔵国多摩郡分倍庄栗原郷(現在の谷保)に配流されました。道真の死を知った道武が自ら道真の像を刻み天神島(現・府中市本宿)に祀ったのが谷保天満宮の起源とされています。
「道真の祟り」を沈静化させるために大宰府天満宮が創建されたのが919年ですから、それよりも古いことになります。創建時は現在より約1.5㎞東にありましたが、1181年に現在の場所に遷座されました。
ちなみに「日本最古」は901年創建の「生身天満宮」(いきみてんまんぐう)で、菅原道真を生前から祀る唯一の天満宮です。
現在では亀戸天神社、湯島天満宮とあわせ関東三大天神と呼ばれています。
国立にある大学に通っていた私にとっては思い出深い神社です。
アクセス
交通
南武線谷保駅徒歩約3分


谷保駅から北に進むと、東京を代表する桜の名所である大学通りに出ることができます。
地図
全国の天満宮(記事は下に続きます)
「下り宮」である境内の見どころ
神社は通常なら高い場所に設けられるもので、鳥居をくぐったら坂や階段を上がるのが普通です。しかし谷保天満宮は多摩川の河岸段丘に設けられており、お参りの際は段丘の上にある甲州街道から階段を下って社殿に向かいます。参道が下り坂になっている神社を「下り宮」といい、大変に珍しい存在です。
社号標・一之鳥居

甲州街道に面しています。17世紀中ごろまで甲州街道は神社と同じ平面である段丘の下を通っていました。しかし多摩川の流れが変わってしまったことで段丘の上に付け替えられ、江戸時代中期になって現在のような位置関係になりました。

二之鳥居への参道も下り坂です。
二之鳥居

二之鳥居をくぐると下り階段があります。
階段

この石段ですが、実は学生時代にトレーニングの場として利用していました。

改めて見上げてみて、思っていた以上に急な階段だったことに驚いています。
撫で牛


拝殿

1851年に建築されたと考えられています。

黒船来航の2年も前にこの建物がもう存在していたのです。
本殿

拝殿よりもさらに百年以上古く、1749年に建築されたものです。



かなりの劣化が見られますが、「只者じゃない」と思わせる彫刻が施されています。かつては日光東照宮のようにきらびやかな極彩色の装飾が施されていたことが彩色調査の結果判明しています。
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