唐招提寺では直書きでどっしりした書体の御朱印を頂けます。奈良時代の建物が数多く残る境内には国宝の金堂を始めとして数多くの見どころがあります。
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唐招提寺の直書き御朱印の魅力
御朱印所

唐招提寺の御朱印所は金堂向かって右手の売店横にあります。

こちらでは本尊廬舎那仏(直書き)と千手観音菩薩(書置き)鑑真大和上(書置き)の3種類の御朱印を頂けます。時間がかかるようなのでお参りに先立って御朱印帳を預けましょう。
受付時間 8:30~16:30
志納金 500円
御朱印

今回は本尊廬舎那仏の御朱印のみ頂きました。毛筆の美しさを堪能できる鮮やかな書体の御朱印です。
過去に頂いた御朱印

2021年12月10日付です。同じ「廬舎那仏」でも随分と印象が違います。
もともとは鑑真の私寺だった
唐招提寺は仏教の戒律を学ぶ人たちのための修行の場として奈良時代の高僧であった鑑真が開いた寺院です。
仏教において正式な僧になるためには戒壇で戒律を受ける必要がありますが、奈良時代の日本には正式の授戒の制度がありませんでした。そのため勝手に出家得度する私度僧が増えて社会秩序が混乱しており、正式な伝戒の師を早急に必要としていました。
唐の長安・洛陽において並ぶ者のない律匠として知られていた鑑真は742年に日本から招きを受け、最終的に自ら日本に渡ることを決意します。しかし航海が命懸けであった上にこの頃は唐から出国すること自体が禁じられていたこともあり、弟子による密告や嵐によって日本への渡航は5回失敗しました。
その間に高弟を失い自らも失明しますが鑑真の意志は固く、753年の6度目の航海でついに来日を果たして東大寺で5年間過ごします。そして759年に朝廷から与えられた新田部親王の旧宅地に修行の道場として開いた私寺が唐招提寺の起源です。
当初は講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでしたが、鑑真の死後に弟子たちの尽力によって南大門や金堂など伽藍が整備されました。
その後衰退した時期もあれば火災で重要建築物が焼失した時期もありますが、金堂・講堂・宝蔵・経蔵などの建物が現在まで残っています。そのため1998年にユネスコより世界遺産に登録されました。
アクセス
交通
近鉄橿原線西ノ京駅徒歩約9分

奈良で御朱印集めの旅をする場合は必然的に近鉄に乗りまくることになります。さすが私鉄の中では日本最長の路線網を持っているだけあり、近鉄の路線図は巨大です。(矢印が西ノ京駅)

西ノ京駅周辺には唐招提寺と薬師寺が隣り合うようにして位置しており、そのため時間帯によっては特急が停まる場合もあります。
地図
奈良で頂く御朱印(記事は下に続きます)
国宝だらけの境内の見どころ
唐招提寺の境内には奈良時代の建物が数多く残されており、境内は国宝だらけです。古都奈良の寺社の中でも、唐招提寺と法隆寺からは格の違いを感じました。
案内図

南大門

天平様式を模して1960年に再建されたものです。

複製の扁額が掛かっています。「唐招提寺」という文字は孝謙天皇の宸筆です。
金堂(国宝)

金堂は唐招提寺を代表する建物で、南大門をくぐると正面に見えます。建物部材の年輪年代を測定した結果781年に伐採された檜材が使用されていたことが判明し、それ以降の8世紀末に建てられたものと考えられています。
中央に本尊である盧舎那仏坐像(国宝)・右に薬師如来立像(国宝)・左に千手観音立像(国宝)が安置されており、四隅からは四天王立像(国宝)が睨みを効かせています。その迫力は相当なものがありました。
盧舎那仏と薬師如来は高さ約3m、千手観音は高さ約5mもある巨像で存在感は抜群です。どれだけ見続けても飽きることのない厳粛さがありました。

金堂の特徴としては何と言っても中国の紫禁城を思わせるどでかい屋根でしょう。これによって建物の格式の高さを誇示していますが、一方で大きくせり出した軒を支えなければなりません。

軒先を支える組物は江戸時代初期の建物である上野東照宮とそれほど大きな違いは感じられませんでした。奈良時代に既にこんな技術があったことに驚かされます。

軒先の曲線の美しさが最高でした。
講堂(国宝)

平城京の東朝集殿を760年に移築してきたもので、平城京の姿を現在に残す唯一の建物とされています。中央に弥勒如来坐像(重要文化財)・左に増長天立像(国宝)・右に持国天立像(国宝)が安置されており、弥勒如来坐像の穏やかな表情が印象的でした。

金堂に比べると屋根を支える構造はシンプルです。
鼓楼(国宝)

鎌倉時代の1240年に建てられたもので、現在は鑑真が唐から請来した仏舎利を奉安しているため「舎利殿」とも呼ばれています。
梵鐘(重要文化財)

鐘楼は当初の建物ではありませんが、吊り下がっている梵鐘は平安時代初期に製作された大変に貴重な物です。
礼堂・東堂(重要文化財)

中央の通路で南北に分けられており、南側が隣の鼓楼に安置された仏舎利を礼拝するための礼堂となっています。
経蔵(国宝)

唐招提寺が創建される前の、この地がまだ新田部親王邸であった時代から存在する建物で、唐招提寺では最古の建築物です。
宝蔵(国宝)

経蔵の北側に並んで建つ校倉造の蔵で、唐招提寺創建にあわせて建立されたといわれています。
開山御廟

鑑真の墓所です。境内の北東の奥まった静かな場所にあります。
開山堂

鑑真の「御身代わり像」が祀られています。「御身代わり像」は奈良時代の製法を忠実に踏襲して鑑真和上像を模造したもので、過去に実施した様々な修繕の際に得られた知見を活かして彩色も再現しています。国宝の鑑真和上像は年に数日しか公開しないため、それに代わって毎日参拝してもらう目的で製作されています。
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