富士山本宮浅間大社では直書きの御朱印を頂けます。浅間造の本殿と富士の湧水が印象的な神社で、境内には多くの見どころがあります。
是非こちらもご覧ください
御朱印は直書き
御朱印所

富士山本宮浅間大社の御朱印は社殿向かって右手の社務所で扱っています。

こちらでは通常御朱印と特別御朱印の2種類あります。通常御朱印は直書きで特別御朱印は書置き対応です。
受付時間 8:30~16:30
初穂料 500円
※ちなみに富士山頂にある奥宮では7月11日の開山祭から8月末までは神職が常駐しており、富士山の溶岩の砂が含まれた特製の御朱印を頂けます。
御朱印

今回は通常御朱印のみ頂きました。歴史ある神社らしいどっしりとした書体の直書き御朱印です。

「参拝記念」として金属製の栞も頂けました。
オリジナル御朱印帳

富士山本宮浅間大社では富士山を描いた美しいデザインの御朱印帳を扱っています。サイズは小型のみで紙質は普通です。
価格2000円
富士山本宮浅間大社の由緒
富士山本宮浅間大社は富士山を神体山として祀る神社であり、全国に1300社以上もあると言われる浅間神社の総本社です。社伝によれば第7代孝霊天皇の時代に富士山の大噴火が発生し、これを鎮めるために第11代垂仁天皇が浅間大神を山麓に祀ったことが起源とされています。
ちなみに垂仁天皇は先代の崇神天皇とともに実在した可能性がある天皇とされており、その場合は3世紀後半から4世紀前半頃と考えられています。
日本武尊が東国遠征で賊徒の火攻めに遭った際に浅間大神を祈念して窮地を脱し、そのお礼として現在地より約6㎞北方に岩座をつくって祀りました。日本初の征夷大将軍である坂上田村麻呂が現在の地に社殿をつくって遷座したのが806年とされています。
浅間大社は平安時代には朝廷より篤い尊崇を受け、鎌倉以降は源氏・北条氏・武田氏・徳川氏などからの崇敬を受けました。特に徳川家康は30余棟の社殿を造営し、本殿・拝殿・楼門は現在まで残っています。また1779年には江戸幕府の勘定奉行・町奉行・寺社奉行による裁定で富士山8合目より上が浅間大社に寄進されました。
アクセス
交通
JR東海身延線富士宮駅より徒歩約10分

東海道線は熱海、御殿場線は国府津を過ぎるとJR東海の管内となります。この区間を跨いでSuica・PASMOをしようすることはできません。またJR東海のTOICAは西富士宮から先は使用できなくなります。
地図
富士山周辺の浅間神社(記事は下に続きます)
境内の見どころ

天気が良ければ境内から富士山の美しい全景が拝めるはずなのですが、九州に大雨を降らせた線状降水帯の影響が残るこの日はそうはいきませんでした。
一之鳥居

2006年に建てられたもので、高さ16mで富士山世界遺産センターに隣接しています。

扁額には「富士山本宮」と記されています。
二之鳥居・社号標

一之鳥居よりもこちらの方が「真の入口」という印象です。
三之鳥居

輪橋と鏡池

楼門前にある池は富士山が映し出されていたことで鏡池と呼ばれており、その形状から眼鏡池ともいわれます。池を渡る橋は1915年に石造りに改められました。
鉾立石

楼門前の石段上にあります。

明治初年まで行われていた山宮御神幸の際、神鉾をこちらに立てていました。
楼門

1604年に徳川家康によって建てられたもので、左右に安置されている随身には慶長19年(1614年)の銘があるといいます。
拝殿

楼門と同様に1604年に徳川家康によって建てられたものです。

龍の彫刻の側面には見返り唐獅子の木鼻が付いています。

後方に本殿の二階部分を背負っているように見えます。その姿こそ「浅間造」の社殿の最大の特徴です。
※多摩川浅間神社でも見ることができます。
多摩川浅間神社の直書き御朱印と見どころを徹底紹介 - 全国の御朱印を制覇したい!!
本殿(重要文化財)

1604年に徳川家康によって建てられたものです。

二階建てになっているのが浅間造の最大の特色で、曲線形で前に長く伸びた屋根の美しさが格別です。
湧玉池

この池は富士山の雪解け水が何層にもなった溶岩の間を通って湧き出たもので、特別天然記念物に指定されています。水温は年間を通して摂氏13℃で、湧出量は毎秒2.4㎘です。

水源の岩上には朱塗優雅な水屋神社があり、こちらでお水取りをすることもできます。


こちらから湧き出た水がそのまま神田川となり、神社の脇を流れていきます。
このブログのイチオシ記事
「評価に値する」と思われたらワンクリックお願いします。読者登録とブックマークを頂けるともっと嬉しいです。