日光山輪王寺の御朱印所は5ヶ所で、御朱印は全て書置きです。歴史ある天台宗の寺院でお堂が山中のあちこちに点在しており、それぞれ数多くの見どころと魅力があります。
御朱印以外にもいろいろやっています
御朱印は全て書置き対応
御朱印所

日光山輪王寺では三仏堂・護摩堂・薬師堂(鳴き龍)・常行堂・大猷院の5ヶ所で御朱印を頂けます。以前は黒門の脇にも御朱印所がありましたが、廃止されていました。全て書置き対応であり、直書きは一か所もありません。
三仏堂の御朱印所は堂内拝観ルートの出口付近にあり、当然ながら拝観料が必要です。

護摩堂の御朱印所は建物西側です。
「鳴き龍」で有名な薬師堂は東照宮の敷地内にありますが輪王寺の管轄です。御朱印所は堂内拝観ルートの出口付近にあり、東照宮の拝観料が必要です。
常行堂の御朱印所は堂内です。

大猷院の御朱印所は拝観受付です。
受付時間
8:00~17:00(4月~10月)
8:00~16:00(11月~3月)
志納金 500円(護摩堂のみ300円)
御朱印
三仏堂

護摩堂

薬師堂(鳴き龍)

常行堂

大猷院

過去に頂いた御朱印
2017年(平成29年)にお参りした際は通常御朱印は全て直書きでした。
四本龍寺

三仏堂で頂いていた四本龍寺の御朱印は現在はなくなりました。
黒門

「日光山輪王寺」の御朱印はこの頃は黒門脇の御朱印所で頂いていました。
三仏堂


護摩堂

薬師堂(鳴き龍)

常行堂

大猷院


オリジナル御朱印帳
私が確認できた範囲では三仏堂・護摩堂・薬師堂でオリジナル御朱印帳を扱っていました。
三仏堂 大型サイズ 紙質良 2000円
護摩堂

大型サイズ 紙質良 2000円
薬師堂
大型サイズ 紙質極上 2000円

通算で8冊目の御朱印帳として購入しました。
日光山輪王寺の由緒
日光には数多くの寺社が点在しており、ざっくりと考えると日光山輪王寺・日光東照宮・二荒山神社のどれかに属しているといっていいでしょう。その場合、寺院は全て日光山輪王寺・日光東照宮以外の神社は二荒山神社の管轄となります。
日光山輪王寺の創建は766年とされており、「日光開山の祖」勝道上人が現在の「神橋」の近くに聖地を見つけ四本龍寺(しほんりゅうじ)を建てたことを起源としています。
平安時代になると空海や慈覚大師といったこの時代を代表する高僧が日光を訪れ、本堂や常行堂が創建されました。
鎌倉時代には源実朝により本堂が現在の東照宮がある場所に移されます。幕府の支援により繁栄しますが、秀吉の時代になると寺領を没収されて衰退しました。
徳川家康の側近だった天海が住職になると一転して日光は繁栄し、この間に日光を代表する建築物が次々と建てられます。本堂は現在の二荒山神社社務所の場所に移され、大雪で倒壊すると家光が現在の規模の三仏堂を建てました。
1655年に後水尾上皇の院宣により「輪王寺」寺号が下賜され、上皇の第三皇子である守燈法親王が天台座主と寛永寺貫主と兼務して入山します。これにより輪王寺は出家した男性皇族が住職を務める門跡寺院となりました。
明治になって神仏分離令が出されると輪王寺の称号を没収されます。さらに三仏堂の取り壊しを命じられますが辛うじて回避し、現在の地に移築されて本堂となりました。1883年に輪王寺の寺号が再び許されました。
アクセス
交通
東武・JR日光駅下車
東武バス「世界遺産めぐり」
・三仏堂・護摩堂・宝物殿・逍遥園へは「勝道上人像前」下車。
・大猷院・常行堂へは「大猷院 二荒山神社前」下車。
地図
日光周辺の御朱印(記事は下に続きます)
境内の見どころ
四本龍寺

「日光山輪王寺発祥の地」であり、「日光開山の祖」勝道上人がこちらに千手観音を祀る寺院を建てたことから日光二社一寺の歴史が始まります。現在は観音堂と三重塔が建っています。
観音堂(重要文化財)

四本龍寺の本堂で、現在の建物は807年に建立されました。
三重塔(重要文化財)

もともとは源実朝の供養のために1241年に建てられたものです。1684年の大火で焼失してしまい、翌年に再建されたものが現在の塔です。
黒門(重要文化財)

もともとは皇族出身の僧侶「輪王寺宮法親王」の書院へ通じる門で、そのため皇室の菊の紋章が施されています。1871年の火災で書院が全焼し、そこへ三仏堂が移築されてきたため、現在では輪王寺の表門のようになっています。「本坊表門」として国の重要文化財に指定されています。
三仏堂(重要文化財)

日光山の総本堂で、東日本最大の木造建築物です。平安時代に創建され大雪により倒壊していたものを1645年に徳川家光が建替えました。現在の二荒山神社社務所の場所にありましたが、1881年に現在の場所に移築されています。

堂内では高いところに安置された千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音の巨大な像に見下ろされることになり、鎌倉の長谷寺を思い出しました。
護摩堂

三仏堂の裏手の建物が毎日護摩を焚き祈祷を行う護摩堂で、1998年築という新しい建物です。
薬師堂(重要文化財)

1636年に建てられたもので、中央の巨大な厨子に薬師如来が収められています。1961年の火災で焼失しましたが、7年かけて1968年に復元されました。
天井の龍の絵の下で拍子木を打つと龍が鳴いているような音が確かに聞こえてきます。
常行堂(重要文化財)

848年に創建され、現在の建物は1100年代に再建されたものです。
大猷院
徳川三代将軍家光の廟所として建てられたもので、「家康(東照宮)を凌いではならない」という遺言により金と黒を使用した造りになっています。
仁王門(重要文化財)

大猷院が造営された1653年に建てられたものです。
御水舎(重要文化財)

御影石製で肥前佐賀藩初代藩主鍋島勝茂が寄進したものです。

天井に龍の絵が描かれ、水面に映る姿から「水鏡の龍」と呼ばれています。
二天門(重要文化財)

1653年に建てられたもので、左右に増長天・時国天を祀ることから二天門と呼ばれています。

日光山内では最大の門です。
鼓楼・鐘楼(重要文化財)


右側に鐘楼(上)、左側に鼓楼(下)がそびえています。
夜叉門(重要文化財)

「夜叉」とは鬼神のことで、4体の夜叉が霊廟を守っています。

牡丹の彫刻が数多く施されており、「牡丹門」とも呼ばれています。
唐門(重要文化財)

総金箔造りで、正面の軒下に丹頂鶴と白龍が刻まれています。

左右の灯籠は徳川御三家から奉納されたものです。
拝殿(国宝)

大猷院の中心で、金箔が多く用いられていることから金閣殿と呼ばれています。京都の金閣・中尊寺金色堂と並ぶ「日本三大黄金建築物」であり、その中で唯一堂内に入ることができます。「黄金建築物」といってもキンキラキンではなく渋さも感じられるもので、金と黒と赤の相性の良さが感じられました。
相の間・本殿(国宝)

拝殿・相の間・本殿と並ぶ権現造です。
皇嘉門(重要文化財)

家光の霊廟へと続いています。
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