万九千神社(まんくせんじんじゃ)では2種類の御朱印を頂けます。神在月に全国から出雲に集結した神々が旧暦10月26日に最後の酒宴を行う場所で、明年の再会を期した神々はこちらから各地の神社にお帰りになります。
御朱印は2種類
こちらでは万九千神社と立虫神社の2種類を頂けます。神職の方の口調から推察するとどちらかとかそういう話ではなく、2種類とも頂くというのが原則であるようです。
御朱印所
御朱印は鳥居をくぐって左手にある社務所で頂けます。
初穂料 各300円
御朱印
万九千神社
立虫神社
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神々の最後の酒宴である神等去出祭
万九千神社の鎮座地はかつて出雲国出雲郡神戸郷と呼ばれ、熊野大神と杵築大神の御神領で「不動の霊地」とされた場所でした。古代より水陸の交通の要衝となっており、奈良時代の『出雲国風土記』や平安時代の『延喜式』において既に「神代社」と記載されています。創建年代については定かではないものの、733年に編纂された出雲国風土記に書かれている以上1300年近い歴史があることになります。
万九千神社の神殿は神有月(旧暦10月)において全国から出雲に集結した八百万の神々が最後に立ち寄る場所とされ、この地において締めくくりの会議と最後の宴会を行い、神有月26日から翌未明にかけて諸国へ帰っていくとされています。
この際に行われる一連の儀式は神等去出祭(からきできい)と呼ばれています。
※2022年の場合、旧暦の10月26日は新暦の11月19日です。
アクセス
交通
出雲大社より車で約20分。
出雲の観光ガイドにおいてはよく「出雲大社より車で〇〇分」という表現が使用されています。バスの本数が少なく公共交通機関はほとんどないと言っても良い状況なので、出雲の神社を巡る場合はレンタカーを利用するしかありません。
地図
万九千神社の境内
大鳥居
正面に見える社殿は立虫神社の拝殿です。
神殿
2014年10月に建替えられたもので、立虫神社に隣接して西向に位置しています。
こちらでは旧暦の10月26日の夕方に神々に出雲から出発する時が来たことを告げる儀式が行われ、その夜に神々は直会と呼ぶ酒宴を催して帰路につきます。「神々がお立ちになる」ということでこの地は「神立(かんだち)」と呼ばれています。
神籬
神殿の後方にあります。本殿のない万九千神社にとってのご神体のようなものと思われます。この地はかつて素盞鳴尊の八岐大蛇退治の舞台として有名な斐伊川の河原にあった微高地だったといい、水辺の祭場であったと考えられています。
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立虫神社
由緒
出雲市斐川町併川地区の鎮守で、万九千神社と同様に奈良時代の『出雲国風土記』や平安時代の『延喜式』において既に記載されています。もともとは現在地より南西方向へ800mほど隔てた斐伊川の中州に鎮座していましたが、1670年に斐伊川の洪水の影響で近隣の万九千社境内に遷座しました。
正式には立虫神社の境内社が万九千神社であるようです。
拝殿
2018年に建替えられたものです。
本殿
出雲に特有の大社造の建物です。
境内社
敷地の中央に位置する万九千神社と立虫神社の社殿を囲むように多くの境内社が鎮座しています。
稲荷社
和田津見社
大地主ノ命
才ノ上社
旅伏社
出雲大社遥拝所
秋葉社
馬繁荒神
神社とは道路を挟んで反対方向にある臨時駐車場の中にあります。ただの植栽のように見えますが、「これでも境内社のようです。
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◆印象的な大社造りの本殿
◆日本を代表するパワースポットと言われる須佐神社