酒とうどんと御朱印の日々

この1年でサンライズ出雲・瀬戸に3回乗りました。こんな素晴らしい列車を廃止させてはいけません。皆さん、乗って残しましょう。

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〖雑司ヶ谷〗鬼子母神堂の御朱印と安産のご利益

雑司ヶ谷の鬼子母神堂の御朱印はツノのつかない鬼の字を用いた御朱印を頂けます。法明寺飛び地境内にあって子供と安産の守り神とされており、寺院では珍しい権現造りのお堂は国の重要文化財に指定されています。

鬼子母神堂の御朱印は「鬼」の字に注目!

御朱印所

御朱印所である鬼子母神堂御朱印所は鬼子母神堂内左手にあります。

志納金:お気持ちで

御朱印

ツノのつかない「鬼」の字で「鬼子母尊神」と書かれた鬼子母神堂の御朱印

ツノのつかない鬼の字を用いています。

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鬼子母神堂の由緒

都電荒川線「鬼子母神前」駅は「きしぼじんまえ」ですが、鬼子母神堂は「きしもじんどう」と読みます。

鬼子母神は仏教の守護神の一つで、子供と安産の守り神とされています。雑司ヶ谷に祀られている鬼子母神像は西暦1561年1月16日に現在の文京区目白台の辺りより掘り出されたもので、のちに法明寺と合併した東陽坊に納められました。東陽坊の一僧侶がひそかに故郷に持ち帰ったところたちまち病気になってしまい、その地の人々が大いに畏れて再び戻されたといいます。

人々の鬼子母神像への信仰はその後ますます盛んとなり、1578年にこの地にお堂を建てて安置しました。その後に本殿が徳川4代将軍家綱の代である1664年に建立され、さらに1700年に拝殿と相の間が増築されて現在に至っています。

アクセス

交通

都電荒川線鬼子母神前駅徒歩約3分

地図

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安産のご利益で知られる境内

この日は副都心線の雑司が谷駅から向かいましたが、駅周辺に案内図等がなかったため道に迷ってしまいました。都電の鬼子母神駅からならすんなりとたどり着けたかもしれません。

たいへん静かな鬼子母神堂の境内浅草寺や柴又帝釈天と全く違った大変に静かな境内です。

大公孫樹(おおいちょう)

大公孫樹樹齢約700年、高さ約30m、幹周約8mで今も樹勢は止まることを知りません。

拝殿

斜め前から見た鬼子母神堂の拝殿鬼子母神堂は拝殿・相の間・本殿の3つから構成される権現造りとなっています。

本殿

江戸時代の大名家による寺社造営の特色を現在に伝える本殿1664年に建立された建物で広島藩2代目藩主の正室の寄進により広島から呼び寄せた大工が建てたもので、拝殿とは特徴が異なっています。江戸時代の大名家による寺社造営の特色を現在に伝える貴重な建造物であると評価され、鬼子母神堂は平成28年に国の重要文化財に指定されています。

堂内に祀られた鬼子母神像は鬼形ではなく、羽衣・櫻洛をつけ吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形です

鬼子母神石造

首にマフラーが巻かれた鬼子母神石造拝殿の右手には鬼子母神石造が安置されています。日蓮宗において鬼子母神は子供と安産の守り神であるだけでなく、信者・宗徒の外護神として崇められています。

境内社

武芳稲荷堂

朱色の鳥居が一直線に並ぶ千本鳥居千本鳥居が印象的な武芳稲荷堂は1578年に鬼子母神が安置されたときには既にこの地の地主神であったとされています。

武芳稲荷の朱色の社殿古来より出世稲荷と称され、商売繁盛・開運隆昌の神として人々の信仰を集めてきました。

法不動堂

法不動堂

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★スマホで御覧の方はPCでも見ていただきますと写真がよくわかります。

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◆鬼子母神堂の本院である法明寺

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◆徒歩圏にある護国寺の記事

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◆視聴率祈願のご利益がある寒川神社

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