酒とうどんと御朱印の日々

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〖圧巻〗護国寺の御朱印と江戸時代の姿を現在に伝える境内

今回は護国寺の御朱印をご紹介します。元禄時代に創建された徳川幕府の祈願寺で主要な建物が数々の大災害を乗り切っており、江戸時代の姿を現在に伝えています。重要文化財の本堂は堂内が圧巻の美しさでしたが、HPに掲載されていないような意外な見どころもありました。

護国寺の由緒

護国寺は五代将軍徳川綱吉がその生母である桂昌院の発願により1681年に創建したもので、幕府所属の高田薬園の地に桂昌院念持仏の天然琥珀如意輪観世音菩薩像を本尊として祀りました。

幕府の祈願寺だった護国寺は檀家を持たなかったため、明治維新後は後ろ盾を失って経済的な苦境に陥りますが、境内地5万坪のうち東側の2万5千坪を皇族墓地、西側の5千坪を陸軍用墓地とすることで乗り切り、さらに大正から昭和初期にかけて境内の整備が行われました。

明治16年と大正15年に火災があり、さらに震災・戦災と二度の大災害に襲われますが、本堂や仁王門、惣門といった主要な建物はこれらの苦難をすべて乗り切って元禄時代の姿を現在まで伝えています。

境内には三条実美、山形有朋、大隈重信といった明治政府の重臣の墓所があります。

護国寺の御朱印

御朱印所

御朱印所護国寺の御朱印所は本堂右手の出入口付近にあります。

志納金300円

御朱印

御朱印力強い書体の御朱印です。

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江戸時代の姿を現在に伝える護国寺の境内

仁王門

仁王門元禄時代の建物で、不忍通りに面した堂々たる姿は徳川将軍家祈願寺としての格式を示しています。正面の左右に阿と吽の金剛力士像、背面の左右には二天像(増長天・広目天)が安置されています。

惣門

惣門仁王門の東側にあって護国寺の方丈に通じており、寺院の門であるとともに住宅の門という性格を持っています。そのため社寺系ではなく大名屋敷の表門の形式となっており、徳川将軍家祈願寺ということもあって5万石以上の大名級の格式となっています。元禄時代中期の建物で、現存する大名屋敷表門が江戸時代後期のものばかりであることから貴重な文化財です。

不老門

不老門昭和13年に建立されたものです。

大師堂

大師堂元禄時代である1701年に建てられた旧薬師堂を大正15年に大修理して現在の位置に移築したものです。

月光堂

月光堂大津市にある三井寺の塔頭日光院の客殿を昭和3年に現在の場所に移築したもので、桃山時代の書院様式を伝えるものとして国の重要文化財に指定されています。

鐘楼

鐘楼江戸時代中期に建てられたもので、梵鐘は1682年に寄進されたものです。

多宝塔

多宝塔昭和13年の建物です。

薬師堂

薬師堂

元禄時代初期の1691年の建物で、元禄期の建物の標準的な姿を現在に伝えています。

圧巻の美しさだった本堂

1697年に完成した元禄時代の建築工芸の粋を結集した都内随一の雄大な規模をもつ建造物で、昭和25年に国の重要文化財に指定されています。

本堂特に数多くの絵や装飾で彩られた堂内の美しさは圧巻で、もっと早くお参りに来るべきだったという気持ちになりました。

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HPに掲載されていない意外な見どころ

身代地蔵

身代地蔵

六地蔵

六地蔵死後に訪れる「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天上」の各世界で迷える人々を救う地蔵です。

一言地蔵

一言地蔵

願いを一言だけ聞き届けてくれるお地蔵様です。心してお参りしましょう。(大師堂のとなりにあります。)

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◆徒歩圏にある鬼子母神堂

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◆江戸時代の姿を現在まで残す奇跡の寺社

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