北鎌倉の円応寺(えんのうじ)では超極太の書置き御朱印を頂けます。亡者が死後に出会う10人の王を祀る寺院で、閻魔堂に安置された閻魔大王像はド迫力でした。
御朱印以外にもいろいろやっています
超極太の書置き御朱印
御朱印所

円応寺の御朱印は山門をくぐって左手にある拝観受付です。円応寺といえば超極太の筆にたっぷりと墨を含ませて書くド迫力の直書き御朱印で有名でしたが、コロナ禍を経て現在は書置きとなってしまいました。
受付時間
9:00~16:00(3月~11月)
9:00~15:30(12月~2月)
初穂料 500円
御朱印

極太であるのは以前と同じですが、書置きになって随分とスッキリとした書体になりました。「十王」とは亡者が死後に出会う10人の王のことで、その中には閻魔大王も含まれています。
過去に頂いた御朱印

2023年2月19日付です。

2017年1月25日付で、この時は直書きで頂けました。

「十王」の十の交差している部分の紙の表面がよじれてささくれ立つのがこの頃の円応寺の御朱印のお約束でした。当時使用していた豊川稲荷東京別院の御朱印帳は紙質が素晴らしく、円応寺の超ド級の御朱印をしっかりと受け止めました。

それでも若干裏まで墨が染みています。私が御朱印帳の紙質にとことんこだわるようになったのはこの時からです。
円応寺の由緒
円応寺の創建は1250年とされており、当初は現在の鎌倉大仏の東側に建てられていたようです。その後材木座のあたりに移転して新居閻魔堂として信仰を集めていましたが、1703年の元禄大地震とそれに伴う津波で建物が大破してしまいました。

そのため翌年に建長寺の向かい側の現在地に移転しました。

初めてお参りした際は境内全域撮影禁止でピリピリ感がありましたが、いつの間にかお休み処のカフェができるほど柔らかな雰囲気となっていました。撮影も可能になっています。
アクセス
交通
横須賀線北鎌倉駅徒歩約14分
地図
極太御朱印の記事(記事は下に続きます)
境内の見どころを徹底紹介
山門

閻魔大王像をご本尊としているにも関わらず「南無地蔵菩薩」というのぼりが立てられていますが、日本の仏教において閻魔大王は地蔵菩薩の化身であるとされています。たとえ生前に悪事を行って地獄へ落ちたような者であっても、悔い改めた場合は地蔵菩薩に姿を変えて救いに行くのです。
閻魔堂

「地獄で死者を裁く10人の王」の内、鎌倉国宝館に寄託している初江王坐像(重要文化財)以外の9王を安置しています。閻魔大王坐像を囲むように壁に沿って8人の王の像が並び、更に地蔵菩薩像や奪衣婆坐像も祀られています。
閻魔大王像(重要文化財)

閻魔大王は死者が35日目に出会い、死者がどこに輪廻転生するかを決めます。
高さ190.5cmの像は見開いた眼と大きく開いた口に力強さがあり、迫力満点でした。現存する像は頭部のみが鎌倉時代の作で体部は江戸時代のものであり、胎内から発見された文書によると1250年の作となっています。
運慶作と広く伝えられていますが、運慶は既に1224年に没しています。「閻魔大王の裁きで地獄から生き返った運慶が製作した」というのが公式見解のようです。
秦広王

死者が初七日に出会う王で、殺生の罪を問いただします。
宗帝王

21日目に合い、邪淫の罪を問いただします。
五官王

28日目に出会い、言葉や心で犯す罪を問いただします。
変成王

42日目に出会い、閻魔大王の決定に従って死者の生まれ変わり先を決定します。
太山王

49日目に出会い、男女と寿命を決めます。
平等王

百日目に出会い、貪りの心を慎むことを誓います。
都市王

一周忌に出会い、怒りの心を慎むことを誓います。
五道転輪王

三回忌に出会い、愚痴の心を慎むことを誓います。
奪衣婆坐像(重要文化財)

奪衣婆は三途の川のほとりに立ち、川を渡ってきた死者の服をはぎ取ります。十王には含まれません。
託言地蔵菩薩像

こちらに「お導き」を願うと閻魔大王に「託言」してくれます。言い訳を一切聞いてくれない閻魔大王もお地蔵様の託言だけは聞いてくれます。十王には含まれません。
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