大田区の御嶽(おんたけ)神社では書置きの御朱印を頂けます。嶺御嶽神社とも呼ばれており、江戸時代の宮大工が遺した社殿彫刻など境内には数多くの見どころがあります。
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嶺御嶽神社の書置き御朱印
御朱印所

御嶽神社の御朱印は社務所で頂けます。(突き当りの右手に窓があります。)

こちらでは書置きの御朱印を頂けます。
初穂料 500円
御朱印

独特な書体は8年前にお参りした時と同じです。
過去に頂いた御朱印

2018年2月3日付です。
現在まで続く賑わい
嶺御嶽神社の起源は1535年頃にこの地に設けられた祠であるといわれています。1830年頃の記録に「御嶽社」の名で「小祠なり」と書かれており、二百年近く小祠のままであったようです。しかし江戸時代後期に木曽御嶽山で修業をしていた一山(いっさん)行者がこの地を訪れたことで神社は大きく変わります。
木曽御嶽山で修業をしていた一山行者は夢で御嶽三社の大神からお告げを受け、この地で人々に御嶽の神々の教えを広めました。それ以来各地からの参拝者が激増したため、1831年に現在の大きな社殿を建立して木曽御嶽山の御霊を遷座しました。
「こちらを三回お参りすれば木曾御嶽山へ一回行ったのと同じご利益」と信じられたことで大変に栄え、現在でも各地の講社が団体で定期的に参拝に来ているといいます。


一山行者から御嶽山7合目の地名を屋号として命名された田ノ原屋の主人は現在のイオンのある地に御岳神社を参拝する信者のための禊の井戸を築き、その水は現在まで枯れることなく流れ続けています。

参拝者向けの店が現在の御嶽商店街となり、池上線の駅名へとつながっています。規模の小さな街ですが、災害級の暑さの中でも半端なく賑わっていることに驚かされました。
アクセス
交通
池上線御嶽山駅徒歩約1分


御嶽山駅ではホームの真下を東海道新幹線と横須賀線の線路が通っています。
地図
彫刻が有名な寺社(記事は下に続きます)
境内の見どころを徹底紹介
8年前に一度お参りした神社でしたが、その時は本殿の彫刻を全く理解できていませんでした。改めてお参りし、めまいがするほどの暑さの中でしっかりと鑑賞してきました。
社号標・大鳥居

拝殿


江戸時代の1831年に建てられたものです。

現在でも各地の講が活発に活動している神社らしく、賽銭箱の立派さが際立っていました。
本殿


背面・側面に豪華絢爛な彫刻が施されています。
水行堂

拝殿の左手にあります。信徒が水行をするため明治期に建てられたもので、国の登録有形文化財に指定されています。
一山神社

小さな祠を現在のような神社にした一山行者を祀っています。
杜の霊神水

かつて一山行者が水行をしていたと伝わる古井戸だったといいます。
霊神碑

2009年に整備された場所であり、こちらに祀られた石碑や講による霊神碑などが綺麗に配列されています。
本殿彫刻の凄さとは
嶺御嶽神社本殿に施された彫刻は江戸時代の宮大工である藤原篤意の手によるもので、和漢の故事や物語を題材としています。きわめて精妙巧緻で美術的価値も高く、大田区の文化財に指定されています。

誤って愛する女を殺してしまい、極寒の中で滝修行をする文覚上人を描いています。廻廊の突き当りに設けられた脇障子には玉手箱を持って竜宮城を去る浦島太郎の姿が刻まれています。

左
琴の名手である伯牙が一番の理解者である友人の死に際して琴の弦を切り、二度と弾くことはなかったという故事を描いています。
中央
子供たちが賑やかに楽しんでいるとそれが天に伝わって雪が落ち、春が訪れたということでしょうか。
右
温公が父の高価な甕を割って中に落ちた子供の命を救った故事を描いています。

酒好きの父のために滝から流れ落ちる酒を酌んでいる孝行息子の姿を描いています。廻廊の突き当りに設けられた脇障子には浦島太郎を見送る乙姫の姿が刻まれています。
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