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〖渋谷〗金王八幡宮の2種類の御朱印とパワースポットとして知られる境内

渋谷の金王八幡宮では2種類の御朱印を頂けます。武を司る応神天皇を祀った神社であることから出世・子授け・交通安全のご利益で知られており、境内は「渋谷のパワースポット」とも呼ばれています。

御朱印は2種類頂ける

御朱印所

御朱印は金王八幡宮の社務所で頂けます。

初穂料 300円

御朱印

こちらでは金王八幡宮と豐榮神社の2種類の御朱印を頂けます。

金王八幡宮

「御鎮座925年」のスタンプが押された金王八幡宮の御朱印

「御鎮座925年」のスタンプが押されています。

豐榮神社

豐榮神社のしっかりと丁寧に書かれた書体の御朱印

しっかりと丁寧に書かれた御朱印です。

金王八幡宮の歴史とご利益

八幡太郎義家として知られる源義家の部下であった河崎基家は、後三年の役での功により武蔵谷盛荘七郷(現在の渋谷、代々木、赤坂、飯倉、麻布など)を賜り、ここに城を築きます。これを八幡宮の御加護と信じた義家が1092年に基家の居城内に八幡宮を勧請したのが金王八幡宮の起源です。

基家の孫の金王丸は源義朝、頼朝の二代にわたって仕え、頼朝と義経の対立に際して頼朝の命により義経の館に討ち入りますが、逆に義経と郎党に討たれ六条河原で晒し首にされました。勇将らしい立派な最期を遂げた金王丸の名声により、当八幡宮を金王八幡宮と称するようになります。

八幡宮の御祭神が武を司る応神天皇であり、また金王丸が誕生したエピソードもあり、金王八幡宮は出世・子授け・交通安全のご利益で知られています。

アクセス

交通

JR・東京メトロ・東急東横線・田園都市線・京王井の頭線渋谷駅徒歩約5分

地図

周辺の寺社

www.goshuinbukuro.com

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パワースポットとして知られる境内

神門

神門

神門および社殿は1612年の建立です。

神楽殿

神楽殿

金王丸御影堂

金王丸御影堂

保元の乱出陣の折、自分の姿を彫刻し母に残した木像が納められ、更に金王丸が所持した「毒蛇長太刀」も保存されております。

金王桜

金王桜金王丸の死後、八幡宮に立ち寄った頼朝が金王丸の名を後世に残すよう厳命し、鎌倉の館の桜をこの地に移植させたものです。江戸三名桜の一つとされた金王桜はその後現在に至るまで実生により植え継がれています。

社殿

社殿

徳川家光が三代将軍に決定した1612年に家光の乳母春日局と教育役であった青山忠俊によって造営されました。権現造りで江戸初期の様式を現在に伝える貴重な建築物です。

三代将軍については秀忠の次男の忠長が継ぐという風説が流れ、春日局と青山忠俊は家光が継ぐよう八幡宮に祈願を重ねていました。

金王八幡宮の境内社

御嶽神社

御嶽神社

「開運」「商売繁昌」の神として、特に客商売を営む人々の信仰を広く集めています。

玉造稲荷神社

玉造稲荷神社農耕をはじめ諸産業に御神徳があり、屋敷神としても多く祀られています。

道路の反対側にある豐榮稲荷神社

道路の反対側にある豐榮稲荷神社金王八幡宮の道路を挟んだ向かいには豐榮稲荷神社があります。渋谷家の始祖である河崎基家の曾孫によって現在の渋谷駅の近くに創建され、昭和27年に豐澤稲荷神社を合祀し、昭和36年に現在地に移転しています。

大鳥居

大鳥居

奉納鳥居

奉納鳥居

社殿

社殿

渋谷という地名の意外な由来と金王八幡宮

河崎基家の子の重家は御所の警備に当たっていた時、侵入した賊を生け捕りにします。賊の名は「渋谷権介盛国」といい、重家はこの功によって堀河天皇より賊の名字である渋谷の姓とその所領だった「相模国高座郡渋谷荘」(小田急江ノ島線の高座渋谷駅周辺)を賜りました。このことにより実家のあったこの地も渋谷と呼ばれることになり、その居城も渋谷城と呼ばれるようになりました。

渋谷城の砦の石現在でも境内には渋谷城の砦の石が1点だけ保存されています。 

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