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〖五山〗浄妙寺の御朱印と報国寺に絶対に負けていない抹茶と和菓子

最終更新日2020年6月30日

今回は鎌倉の浄妙寺の御朱印をご紹介します。鎌倉五山第5位として知られ、最盛期には現在の浄明寺という地名がカバーしている広大な寺領を有する大寺院でした。近隣にあるミシュラン三ツ星の報国寺に比べると地味な存在ですが、境内で楽しむことができる抹茶と和菓子は決して負けていません。

有名寺院が連なる金沢街道沿いにある浄妙寺

浄妙寺は鶴岡八幡宮の真ん前から東に延びる金沢街道を約1.5㎞程進んだ場所にあり、周辺には杉本寺や報国寺といった有名な寺院があります。「浄明寺」バス停が近くにあって便利ですが、歩いてもそれほど苦労せずにたどり着きます。

浄妙寺の由緒

浄妙寺は、頼朝の重臣・足利義兼が1188年、退耕行勇を開山として建立したお寺です鎌倉五山の第五位の寺院として知られており、最盛期には23か所の塔頭を有する大寺院でした。かつての敷地は現在では「浄明寺」という地名に残されていますが、現在の鎌倉市浄明寺は1丁目から6丁目まであり、地図を見比べると皇居と同じくらいの広さがあります。
かつて足利尊氏が弟の直義を幽閉した延福寺も浄妙寺の敷地内にあったといいます。もともと足利幕府は尊氏が支配権を持つものの実務は直義が執るという性格を帯びていましたが、一心同体だった兄弟がそのうち仲たがいしました。まず弟が裏切って南朝と組んで兄を降伏させて実権を握りますがすぐに立ちいかなくなります。今度はそれを見ていた兄が南朝と組んで弟を降伏させて幽閉し、最終的には毒殺してしまったと言います。
足利幕府第三代義満の時代が最盛期だったと言いますが、敷地に隣接して鎌倉公方屋敷があったことから寺も度々戦乱に巻き込まれ、火災などのために多くの建物は焼失し、現在残っているのは総門、本堂、客殿、庫裡など一部に留まります。

浄明寺の御朱印

御朱印所

御朱印は山門脇の拝観受付で頂けます。御朱印帳をいったん預け、帰りに受け取ります。

志納金300円

御朱印

浄妙寺の最新の御朱印

歴史ある寺院にふさわしい御朱印です。

浄妙寺の境内

山門

山門

境内案内図

境内案内図

参道

緑に挟まれた参道参道は美しい緑に挟まれています。

美しい緑

美しい緑花の季節を迎えると大変に綺麗だそうです。

本堂

本堂

本堂内部です。

本堂内部

その堂々としたたたずまいは寺院としての格の高さを感じさせます。

本堂からの眺望です。

衣張山山門の奥に衣張山を望むことができました。

報国寺に絶対に負けていない抹茶と和菓子

茶堂「喜泉庵」浄妙寺の境内にある茶堂「喜泉庵」では枯山水の日本庭園を鑑賞しながら抹茶と和菓子を楽しむことができます。

中に入ると、書院造の和室の向こう側に美しい枯山水の庭園を望めます。

「喜泉庵」の日本庭園喜泉庵の日本庭園です。

水琴窟こちらには水琴窟もあります。

抹茶と和菓子抹茶と和菓子です。和菓子は上生菓子と干菓子から選べますが、上生菓子は鎌倉の老舗和菓子屋「美鈴」のものです。

この日は帽子が手放せないくらい日差しのきつい暑い日でしたが、室内を吹き抜ける風が大変に心地よく、冷房など不要でした。

御朱印集めで神社や寺院をまわるようになってからあちこちで抹茶と和菓子を頂いていますが、喜泉庵は円覚寺の如意庵と並び鎌倉でもトップクラスだと思います。

「浄明寺」バス停で下車する観光客の大半はミシュラン三ッ星の報国寺の方に行ってしまいますが、浄妙寺ももっと注目されてよいのではないかと思います。

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◆鎌倉のお寺で味わう抹茶と和菓子の記事

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