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〖鎌倉〗富士を望む材木座で頂ける御朱印まとめ

今回は鎌倉の材木座で頂ける御朱印をご紹介します。日本初の人工港湾施設がつくられたために建築用木材が大量に持ち込まれ、それが地名となって現在まで残されています。人気海水浴場があるため、夏場は大変に賑わうエリアです。

天気が良ければ富士山も見える「材木座」

材木座は鎌倉の南東部の逗子寄りの場所に広がる地域です。

鎌倉幕府の成立以降、街を都市化するためには大量の物資を運び込む必要がありましたが、鎌倉は三方を山に囲まれた場所ですので水運に頼るほかありません。しかし付近の海は水深が浅く大きな船が入ることができないため、各地から石を運び込んでこの辺りを埋め立て、1232年に日本最古の人工港湾施設である和賀江島が作られました。

和賀江島の跡現在ではほとんど水没していますが、和賀江島の跡は現在も現在でも逗子マリーナの手前に残されています。材木座という地名はここが建築用木材の集積場となったことから生まれたといいます。

材木座海岸から見た富士山材木座海岸から富士山が見えるとは意外でした。

乱橋と石碑材木座は鎌倉時代末期には新田義貞軍と幕府軍の最後の決戦の舞台となります。現在の材木座三丁目付近で幕府軍が乱れ始めたため、この地にあった橋は「乱橋(みだれはし)」と呼ばれました。現在川は暗渠となっており、石碑と欄干だけ残されています。

松葉ヶ谷草庵の跡地を主張する長勝寺

長勝寺の寺号標長勝寺は住居表示こそ材木座となっていますが、地形的には海岸から遠く離れた松葉ヶ谷の一角にあり、妙法寺、安国論寺と同様に松葉ヶ谷草庵の跡地であることを主張しています。

山門三浦氏の一族である石井長勝が帰依している日蓮のために自邸内に法華堂を建てて寄進したことが始まりとされ、そのため石井山長勝寺と名付けられました。

本堂本堂の前には辻説法姿の日蓮とそれを護るように四天王像が建っています。

水行を行う場所国家安泰と世界平和を祈願して千葉県の法華経寺で百日間の荒行を続けてきた修行僧が毎年2月11日に長勝寺で最後の水行を行う場所です。当日は裸にふんどし姿の修行僧が経文を唱えながら手桶で頭から水をかぶります。

御朱印大変に力強い御朱印です。

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適当さがいい感じとなっている五所神社

明治41年7月に乱橋村と材木座村が合併したとき、乱橋(みだればし)村の三島神社と八雲神社と金毘羅宮、材木座村の諏訪神社と見目(みるめ)明神の5社が合わさって誕生したのが五所神社です。

五所神社の社殿社殿は諏訪神社の社殿を移築したものですが、関東大震災で倒壊したため昭和6年に建て直されました。

神石三光尊石上稲荷には材木座海岸の豆腐川の河口にあったという石が祀られています。人が溺れる、船が座礁するといった事故が多発する「魔の海域」から引き揚げられた神石とされています。

五つの神社が合わさってできた五所神社では、あちこちから持ち込まれた様々なものが並んでいます。持ち込まれたものをただ並べただけに見えますが、その適当さが逆に素朴でいい感じになっています。

乱橋の手摺石参道の横に放り出されているものは乱橋の手摺石で、ちゃんと説明文がついています。

不動種子の板碑不動種子の板碑は廃寺となった感應寺の境内から移したもので、国の重要美術品に指定されています。

撫でると疱瘡(天然痘)が治る霊石板碑の足元に無造作に置かれた丸石は実は霊石です。五所神社創建時に合祀された見目神社から移されたもので、撫でると疱瘡(天然痘)が治るとされています。

御朱印御朱印も不動種子板碑を描いています。

度重なる災害被害で竜巻寺と呼ばれた補陀洛寺

補陀洛寺は1181年に源頼朝が打倒平家を祈願するために文覚を開山として建てた寺院です。

補陀洛寺の門文覚伊豆で平家打倒を頼朝に説いた僧で、これにより挙兵を決意した頼朝は最終的に平家を打倒して天下を統一し、寺には源平合戦の戦利品である平家の赤旗が収められています。

本堂創建当初の補陀洛寺は七堂伽藍を構えた大寺院でしたが、度重なる火災や竜巻の被害にあい本堂を残すのみとなり、別名「竜巻寺」とまで呼ばれています。その唯一残った本堂も関東大震災で倒壊し、現在の建物は翌年再建されたものです。

御朱印伝統を感じさせられる御朱印です。

浄土宗の大本山でで鎌倉四大寺院である光明寺

光明寺の惣門材木座の最も逗子寄りに位置するのが光明寺です。幕府第4代執権の北条経時が1240年に佐助ヶ谷に蓮華寺を開いたのが始まりとされ、1243年に現在の場所に移され光明寺に改称しました。現在では浄土宗の大本山で、円覚寺、建長寺、遊行寺と並んで鎌倉四大寺院の一つに数えられています。

鎌倉最大の山門鎌倉に現存する最大規模を誇る山門です。もともと鶴岡八幡宮にあったものを1847年に移築しました。

大殿大殿は1698年に建立されたもので、現存する木造の古建築では鎌倉一の大堂で国の重要文化財となっています。

枯山水庭園大殿向かって右側の枯山水庭園は、浄土の世界を描いたものです。奥の三石が阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)を表し、手前の五石が五祖(釈迦・善導・法然・鎮西・記主)を表しています。

記主庭園向かって左側に記主庭園は極楽浄土の世界をこの世に再現しようとした浄土式庭園で、弥陀堂の前面に池をつくり蓮を植え、花園を設けるなどしています。

御朱印浄土宗大本山にふさわしい、格式のある御朱印です。

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