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〖大仏〗鎌倉で屈指の賑わいを見せる長谷で頂ける御朱印まとめ

今回は鎌倉の長谷で頂ける御朱印をご紹介します。長谷は有名な寺院が多く存在することから鎌倉観光のメジャースポットとなっていますが、一方で何回通っても見落としてしまうような穴場のような寺院もあります。比較的狭い地域に寺社が集中しているため、半日もあれば全て回ることができる観光に向いた地域です。

鎌倉でも屈指の賑わいを見せる長谷

長谷は鎌倉の南西部に広がった地域で、アジサイ寺として知られる長谷寺や鎌倉大仏があるため鎌倉でも屈指の賑わいを見せる場所です。

極楽寺坂の石碑

もともと鎌倉と京都を結ぶ道は海岸線を通る稲村路が使われていましたが、極楽寺の開祖である忍性が1300年頃に極楽寺坂を通したといわれています。江の島方面から坂を下ってきた道が大仏坂切通しから延びてきた道と交差するため、長谷は昔から交通の要衝でした。

極楽寺坂切通

開通時の極楽寺坂は成就院の山門と同じ高さでしたが、旅行者の便を考えて再三にわたって坂が削られ、道路の位置が下がる度に参道の石段が継ぎ足されてきました。そのため踊り場の位置をみれば坂の高さの推移がわかります。

道標

坂の下にある「力餅屋」の前に「五霊社鎌倉権五郎景政」と刻まれた道標が建てられています。

道標

左側面には「はせくわんのんへの道」と書かれ、裏側には「寛政三年」と書かれています。

縁結びのご利益で再三テレビに登場した成就院

成就院は鎌倉幕府第三代執権の北条泰時が一族の繁栄を願って1219年に創建したもので、空海が修行を行った場所として伝わる極楽寺坂の頂上付近に位置しています。

成就院の本堂

1333年の鎌倉幕府討幕に際し新田義貞は極楽寺坂から鎌倉に侵入しようとして幕府軍と激闘になりますが、その時の戦闘により寺は焼失しました。江戸時代になって再建され現在に至っています。

鎌倉でも屈指の絶景

山門前から長谷方向を望むと由比ヶ浜から材木座海岸まで一望できます。鎌倉でも屈指の絶景スポットです。

不動明王像

本尊の分身として境内に祀られている不動明王像は携帯やスマホの待ち受けにすると縁結びのご利益があるといわれ、これまでテレビで再三紹介されてきました。

工事が完了した参道

成就院は明月院・長谷寺と並ぶ鎌倉のアジサイ寺として知られていましたが、創建800年を迎えるにあたり実施した参道修復工事の際に震災被害に遭った宮城県南三陸町に移植されました。現在ではアジサイに代わって萩が植えられているようです。

御朱印

人気の不動明王は御朱印にも登場します。

アジサイと江ノ電の撮影スポットがある御霊神社

大鳥居

御霊神社(ごりょうじんじゃ)は極楽寺坂からやや奥まった場所に位置しています。

大鳥居の前を通過する江ノ電

鳥居のすぐ前に江ノ電の踏切があるという、他地域ではまず考えられないような立地です。

社殿

関東武士団であった鎌倉氏、梶原氏、村岡氏、長尾氏、大場氏の5家の祖先の霊を祀った神社で、平安時代後期になって五霊から転じて御霊神社になったと言われています。後に祭神が鎌倉権五郎景政に集約されますが、眼に矢が刺さってもひるまず相手を倒したということから、眼病平癒の御利益があると言われています。

江ノ電とアジサイを同時に写せる撮影スポット

御霊神社はアジサイの隠れた名所となっており、江ノ電とアジサイを同時に写せる撮影スポットでは順番待ちの行列ができていました。

御朱印

豪快で力強い御朱印です。

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良縁地蔵がにこやかに参拝者を迎える長谷寺

長谷寺は観音山の山麓に境内地が広がり、春はアジサイ、秋は紅葉の名所として知られていて、見ごろになるととんでもないほど混雑する寺院です。

山門の大きな提灯と「門かぶりの松」

山門の大きな提灯と「門かぶりの松」が印象的です。

観音堂

721年に奈良の長谷寺を創建した際、楠の大木から2体の十一面観音を造り、その1体を本尊としたのが大和の長谷寺です。もう1体を祈請の上で海に流したところ15年後に三浦半島に流れ着き、そちらを本尊として開いたのが鎌倉の長谷寺で、現在では寺の名がこの地域の地名となっています。

アジサイ

アジサイ

長谷寺では40種類以上で約2500株のアジサイを鑑賞することが出来ますが、見ごろになると平日でも数時間待ちというような状況になります。(まず整理券を受け取り、他の寺社を拝観して時間をつぶせばいい)

紅葉

紅葉

紅葉の時期、境内で最も綺麗な場所は観音堂へ上がっていく石畳参道です。

良縁地蔵

にこやかに参拝者を迎えてくれる良縁地蔵は境内に三カ所にあり、全て見つけると良縁に恵まれるといわれています。

御朱印

長谷寺の御朱印所は入場口を入って左手にあります。最初に御朱印帳を預け、お参り終了後に受け取ることを寺の方でも推奨しています。

何回通っても見落とした超穴場スポットの光則寺

光則寺の山門

光則寺は鎌倉幕府第五代執権北条時頼の近臣である宿谷光則の屋敷跡に位置しています。龍の口法難の際に北条時頼は日蓮の弟子の日郎も捕らえて光則の邸内の土牢に監禁するのですが、日蓮が弟子を案ずる姿に心を打たれた光則は日蓮に帰依し、日郎を開基として自分の屋敷を寺にしました。

本堂

光則寺の本堂は1650年に再建されたもので、建物の劣化が進行すると寺の仏像を浅草や下谷・深川などに持っていき、「出開帳」と称して改修資金を集めました。

庭園

多くの植物

蓮の花

境内は植物で溢れ、鎌倉でも屈指の花の寺となっています。

土牢

日郎が監禁されていたという土牢で、「明日佐渡の国にいくけれども、今夜の寒さにつけても、牢の中の有様は思いやられいたわしい。」といった弟子を思いやる内容の石碑もあります。

御朱印

これまで見たことのないタイプの御朱印です。

長谷駅から鎌倉大仏へ通じるメインルートからかなり奥まった場所に位置しているため気付きにくく、私は4回目くらいで初めて見つけることができました。

鎌倉のシンボルを本尊として祀る高徳院

国宝鎌倉大仏

高徳院は、鎌倉のシンボルである国宝鎌倉大仏を本尊とする寺院ですが、開山、開基は不明です。大仏の造像の経緯についても史料が乏しく不明な点だらけとなっていますが、13世紀半ば頃に建立された創建時の姿をそのまま残していることだけは間違いありません。

仁王門

仁王門は18世紀初頭に仁王と共に他所から移築されてきたものです。

大仏

鎌倉大仏は像高約11.3m、重量約121tで、大きさでは奈良の大仏に及ばぬものの、ほぼ創建時の姿を保っており、鎌倉時代を代表する仏教彫刻として国宝に指定されています。

像内の空洞

像内は空洞で一般拝観者も内部を見学することができます。

奈良東大寺の大仏殿は歴史上何度も戦乱に巻き込まれ、これまでに2回焼失しています。そのため現在の顔は4代目ということで創建当時とはだいぶ異なったものになっているそうです。

鎌倉大仏は約650年露坐であったため、結果として創建寺の姿を現在まで保っており、仏教芸術史上ひときわ重要な価値があります。

御朱印

なめらかな筆跡の美しい御朱印です。

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