酒とうどんと御朱印の日々

心願成就へ向け飲んですすってひたすら祈る!信じる者は救われる!

〖穴場〗中野氷川神社の御朱印と平忠常の乱

今回は東中野の中野氷川神社の御朱印をご紹介します。中野の総鎮守である中野氷川神社は、平安時代に関東において平氏と源氏の勢力が入れ替わるきっかけとなった平忠常の乱の鎮定祈願として創建され、現在まで千年近い歴史があります。この地域を南北に貫く超幹線道路である山手通りから一歩奥まった場所にある、大変に静かな神社です。

東中野は都心部における穴場的エリア

中野氷川神社はJR総武線東中野駅から山手通り沿いに約5分歩いた場所に位置しています。

東中野は私がかつて約1年間不動産の営業として勤務した地域です。もともとは大久保と並んで中央線快速が通過してしまう地味な存在の駅でしたが、平成9年に大江戸線が開業してターミナル駅となり、平成24年に西口に大型商業施設のアトレヴィ東中野店が開業するなど再開発が着々と進行しています。

神田川一方で神田川が流れる東口方面では駅前であっても閑静な住宅が広がっており、地域を代表する桜の名所でもあります。

住環境の良さと生活の便が両立しており、同じ総武・中央線沿線の中野、阿佐ヶ谷、荻窪よりは地味ではありますが、都心部における穴場的エリアであることは間違いないと思います。

平忠常の乱の鎮定祈願で創建された

中野氷川神社は1028年に発生した平忠常の乱の鎮定を祈願して、1030年に源頼信が武蔵一宮氷川神社を勧請して創建されました。

平忠常の乱は平将門の乱の約100年後に発生した関東における大反乱です。当時の関東は京都における朝廷の力が及ばないような地域であり、平将門の乱後も平氏同士の争いが絶えませんでした。

乱を2年間鎮定できなかった朝廷は新たな追討使として源頼信を派遣し、ようやく平忠常を降伏させることが出来ました。これ以降関東において源氏が勢力を拡大し、後の鎌倉幕府誕生に結び付きます。関東において影響力を失った平氏は、逆に西日本において勢力をふるうようになります。

1477年には太田道灌が江古田・沼袋の戦いに臨む際に戦勝を祈願し、凱旋後に社殿を造営しています。

中野氷川神社は旧中野村の鎮守社で現在も区内の総鎮守とも言える地位であり、36町会もの氏子区域を抱えていて、毎年9月下旬に行われる例大祭は区内最大級と評されています。

中野氷川神社の御朱印

御朱印所

御朱印所中野氷川神社の御朱印は参道左手の社務所でいただけます。全て書置き対応のようです。

スポンサードリンク

受付時間10;00~16;00

初穂料300円

御朱印

御朱印極めてオーソドックスな御朱印です。

みんなで育てて、みんなで食べる【シェア畑】

中野氷川神社の境内

一の鳥居

一の鳥居山手通り側の鳥居です。

狛犬

狛犬

昭和16年に奉納されたものです。

神楽殿

神楽殿祭礼時に石山社中による神楽を奉納しています。

拝殿

拝殿社殿は戦後再建されたものです。

本殿

本殿

境内社

塩竃神社・稲荷神社

塩竃神社・稲荷神社

御嶽神社・北野神社

御嶽神社・北野神社右端は区登録有形文化財の庚申塔です。

スポンサードリンク

※畑を借りて無農薬野菜作りを楽しむ「畑のレンタルサービス」です。様々なサポート付きで、超新鮮な無農薬野菜を自分で作って自分で食べる!詳しくはコチラ☟

★最後までお読みいただきありがとうございます。

 スマホで御覧の方はPCでも見ていただきますと写真がよくわかります。

 ※はてブの所をポチっとしていただきますと励みになります。

◆周辺の神社の記事

www.goshuinbukuro.com

www.goshuinbukuro.com

www.goshuinbukuro.com

www.goshuinbukuro.com