酒と車と御朱印の日々

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〖御朱印〗牛嶋神社の境内は牛だらけだった

今回は向島の牛嶋神社の御朱印をご紹介します。

f:id:minamimachida0706:20180128003240j:plain牛嶋神社は本所総鎮守と呼ばれ、東京スカイツリーの氏神様としても知られており、起工式に際しての安全祈願祭も牛嶋神社の宮司が執り行っています。

牛嶋神社の由緒

牛嶋神社の創建は860年で、天台宗の高僧である慈覚大師が老翁姿の素盞嗚尊と会い、「わがために一宇の社を建立せよ、若し国土に騒乱あらば、首に牛頭を戴き、悪魔降伏の形相を現わし、天下安全の守護たらん」との託宣により建立したとされています。当時は現在より約600mほど北側の本所区向島須崎町であったとされ、関東大震災後に現在の場所へ移されました。

古来から素盞嗚尊は京都の八坂神社の祭神である牛頭(ごず)天王と同一視され、「水をコントロールする力」をもつ神として信仰を集めています。

平安末期に下総国から武蔵国に入ろうとした源頼朝が洪水により川を渡ることが出来ず、神社に祈ったところ全員無事に渡ることが出来、お礼として翌年社殿を造営して多くの社領を寄進しました。

1538年に「牛御前社」との勅号を受けていましたが、隅田川沿いの本所一帯が牛嶋と呼ばれていたことから、明治政府による神仏分離令以降牛嶋神社と改めています。

牛で満ち満ちていた牛嶋神社の境内

大鳥居

f:id:minamimachida0706:20180128003729j:plain奥にある鳥居が、両脇に小さな鳥居を連結した「三輪鳥居」となっています。

神楽殿

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力石

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包丁塚

f:id:minamimachida0706:20180128003937j:plainこちらは「撫で牛」ではなく、食用になった牛を慰霊するために昭和37年に建立された碑です。

撫で牛

f:id:minamimachida0706:20180128004021j:plainこちらは本物の撫で牛です。自分の体の悪い部分を撫でて牛の同じ部分を撫でると治るとされていますが、牛嶋神社の撫で牛は心も直すと信じられています。子供が生まれた時に涎掛けを奉納し、これを子供に掛けると健康に成長になるという言い伝えもあります。

いずれにせよ天満宮以外の神社で撫で牛というのは大変に珍しいものです。

日時計

f:id:minamimachida0706:20180128004128j:plain撫で牛の隣にありましたが、何故神社に日時計かどこを調べても説明がなく、意味不明なままです。

神輿庫

f:id:minamimachida0706:20180128004224j:plain5年に一度開催される大祭では牛が曳く鳳輦(牛車)が全行程約35キロメートルにわたって巡行され、最終日の日曜日には墨田区内の氏子各町約50基の大神輿が神社へ向かって渡御される連合神輿宮入が盛大に行われます。

狛犬

f:id:minamimachida0706:20180128004321j:plain岩の上に立ち何かと戦っているような姿ですが、いわれについては不明なままです。

狛牛と狛犬

f:id:minamimachida0706:20180128004413j:plain狛狐と狛亀は見たことがありますが、狛牛は初めてです。

拝殿

f:id:minamimachida0706:20180128004455j:plain関東大震災で社殿等が被災炎上し、その後の帝都復興計画で現在地に移転しました。現在の社殿は昭和7年に完成したものです。総檜権現造りであることに加え、東京でも屈指の大きさを誇ります。

f:id:minamimachida0706:20180128004534j:plain木造の立派な社殿であり、細部の彫刻も見事です。

境内社

f:id:minamimachida0706:20180128004613j:plain小梅稲荷神社です。

境内がなぜ牛だらけなのか

天満宮ではないにも関わらず置かれている撫で牛、見た目が撫で牛そのものの包丁塚、そして他では見たことの無い狛牛と牛嶋神社の境内は牛だらけになっています。とてもじゃないが、「牛嶋神社だから牛」というような単純なものではなさそうです。

鎌倉時代に浅草寺で牛の妖怪が暴れていたという記録があり、また隅田川から現れた牛鬼のような化物が牛嶋神社に飛び込んだという話が言い伝えられています。

それらに加えて素盞嗚尊が神仏習合において牛頭天王と同一視されていたことなどが、牛嶋神社で牛が信仰されていった理由であろうと言われています。

スサノオを祀る神社は本当に自然災害に強いのか?

牛嶋神社は慈覚大師が老翁姿の素盞嗚尊と出会ったことで創建されましたが、スサノオと言えば「スサノオを祀った神社は東日本大震災で被災を免れている」という東工大教授が2012年に発表した論文が最近になって話題になり、当ブログでも度々取り上げています。

水害や疫病に対する力をもったスサノオノミコトは非常時、リスク時における神であり、伝統的地域社会において人々はスサノオを祀る神社を自然災害発生時に最も安全な場所に建てていたと論文では結論付けています。

それでは隅田川と荒川に挟まれた墨田区に位置する牛嶋神社の場合はどうなのでしょうか。

http://www.city.sumida.lg.jp/anzen_anshin/katei_tiikinobousai/kouzui_hm1.files/kozui-toshigata-HM-chizumen20141117.pdf

200年に一度の大雨により荒川が氾濫したと想定した墨田区のハザードマップによると、墨田区内のかなりの場所が3m以上5m未満の浸水が予想されており、中には5m以上という場所もあります。

一方、創建当時の牛嶋神社があった場所は隅田川沿いの桜橋よりやや上流域にあり、墨田区内で数少ない0.5m未満とされているエリアのすぐ近くになります。

牛嶋神社が創建されたとされるのは今から1000年以上前であり、今とは地形も川の流れもかなり違っているとは思いますが、それでも災害に遭いにくい地域であることは間違いないようであり、やはり地域における伝承というものは重要であることを示しています。

御朱印

御朱印は授与所で頂けます。

f:id:minamimachida0706:20180128005120j:plainやはり牛が描かれた御朱印を頂きました。

◆荒川区のハザードマップで素戔雄神社を調べてみた

www.goshuinbukuro.com

◆橋を渡った浅草周辺にある寺社

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