酒と車と御朱印の日々

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〖御朱印〗戸隠神社宝光社は270段の石段の上にある

先日一泊二日で長野を旅しましたが、上田で真田家ゆかりの神社を巡った初日に続き、二日目はほぼ一日がかりで戸隠神社をまわりました。戸隠神社は長野県北西部に位置する戸隠山の山麓に配された5つの神社で構成されていますが、今回から5回に分けて各社の御朱印をご紹介したいと思います。

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戸隠神社の由緒

戸隠神社は日本神話に登場する天岩戸と深く関係した神社です。高天原でのスサノオの蛮行を嘆き、アマテラスは天の岩戸にこもって入り口を大岩で閉ざしてしまいますが、太陽の神が隠れてしまったことで世界は闇となってしまいます。八百万(やおよろず)の神々は困り果て、相談の結果オモイカネの案によりアメノウズメノミコトが岩戸の前で舞い踊りました。

外がにぎやかなことに気付いたアマテラスは岩戸を少し開けて様子を探りますが、その際に怪力のタヂカラオが扉を開け放し、アマテラスの腕を掴んで引き出します。タヂカラオはアマテラスが再びこもらないように岩戸を下界に投げ捨て、岩戸は宙を飛んで日本のだいたい真ん中に落ちましたが、その岩戸こそが戸隠山だという伝説が残されています。この「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々を祀っているのが戸隠神社です。

 

現在の奥社の地で「学問」という僧が最初に修験を始めた849年が戸隠神社の創建とされています。

平安時代後期以降、神仏習合の戸隠山勧修院顕光寺として全国にその名を知られ、比叡山、高野山と並び称されるような存在となりますが、明治になってからの神仏分離令とそれに伴う廃仏毀釈の動きの中で、戸隠では寺を切り離して神社として現在に至っています。

 

戸隠神社へのアクセス

戸隠神社は奥社の大鳥居まで車で行くことが可能です。

公共交通機関を利用する場合、長野駅前7番バス乗り場から戸隠・飯綱高原方面のバスで約1時間です。

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ループ橋経由の戸隠キャンプ場行きと県道経由の戸隠中社行きのどちらかを利用してください。

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私は8:08発の県道経由戸隠中社行を利用しました。(青いライン)

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途中から急斜面を、すれ違いも難しいような曲がりくねった細い道で登るのが県道です。

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チベットやネパールを思わせるような車窓でした。

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ちなみにループ橋経由だとこのような道になります。

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尚、戸隠奥社入口から長野駅までのバス代が1350円、御朱印の初穂料が300×5=1500円と現地では何かと出費があります。食事もそれなりの金額がかかります。戸隠高原入り口の商工会館前バス停周辺には銀行や郵便局のATMがありましたが、ここを過ぎてしまうとそういった便利なものは見当たりませんでした。財布の中身には十分に注意するようにしてください。

 

戸隠神社宝光社

戸隠神社の五社の中で玄関口的な存在なのが宝光社(ほうこうしゃ)です。

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宝光社の鳥居です。鳥居の奥に何やら見えます。

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宝光社の社殿まではうっそうとした杉木立の中の270段以上の石段を上らなければなりません。地獄の石段昇りだった秩父御岳神社を思い出しました。

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秩父御嶽神社と同様に傾斜の緩い迂回路である女坂がありました。

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階段の途中に位置するこちらは天満宮だそうです。

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天満宮に隣接する境内社です。

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いよいよ社殿が見えてきました。

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ちなみに石段を上から見下ろすとこんな感じです。石段の高さと傾斜がわかっていただけると思います。

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戸隠神社宝光社の社殿です。中社の御祭神で、「天の岩戸開きの神事」を考案した天八意思兼命の子である天表春命を祀っており、学問や技芸、裁縫、安産や婦女子の神とされています。

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当初は奥社の相殿として創建され、1058年に現在の地に遷座されました。

現在の社殿は1861年に建てられた戸隠神社では最も古い建物で、周囲を美しい彫刻で飾られています。

寺院建築の様式を取り入れた宝光社の社殿

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宝光社の社殿は神仏習合時代の面影を残す寺院建築の様式を取り入れたものとされています。

Wikipediaによると寺院建築の特徴として以下の5項目が挙げられています。

①柱の上部同士を補強するため、長押を打つ

②組物の間に蟇股(かえるまた)または間斗束(けんとづか)という部材を置く

③柱は細く、天井を低めにしたものが多い

④床を張り、縁側を造る

⑤床下に亀腹を築く

個々の用語については下記を見ていただけるとかなりのところまでわかります。

組み物 - 日本すきま漫遊記

④は明らかですね。①~③も言われてみればそうかもしれません。今後寺院をお参りする際は注意して見るようにします。

 

7年に一度の式年大祭で用いられる神輿

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善光寺御開帳と合せた7年に一度の式年大祭では、天表春命が父である天八意思兼命とのご対面のため「中社」に向かう「渡御の儀」が行われます。

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御朱印は授与所でいただけます。

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豪快そのものの御朱印を頂きました。

◆戸隠神社火之御子社の記事

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◆戸隠神社中社の記事

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◆戸隠神社奥社の記事

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◆戸隠神社九頭龍社の記事

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 ◆地獄の石段昇りだった秩父御嶽神社の記事

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