酒と車と御朱印の日々

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〖御朱印〗田無神社は四方を四色の龍に守られている

今回は田無神社の御朱印をご紹介します。

集落としてはかなり早期から形成されていた田無ですが、江戸時代になってから宿場町として本格的に発展しました。徳川家康が江戸幕府を開くにあたり、城や町の建設のために大量の石灰を必要としたのですが、家康はそれを青梅の地に求めて青梅街道を開いたことによります。このあたりは幕府直轄領で、水が豊富で肥沃な谷戸(田無の1㎞ほど北)に住んでいた人々が、幕府の命により青梅街道沿いに移住して宿場町を造営しました。

田無は水に恵まれない場所で、人々は生活用水にさえ困り谷戸まで水を汲みに行く生活を余儀なくされました。田無の名前の由来は、田んぼもないほど水に恵まれない、という意味だという説もあります。

 

田無神社の一之鳥居です。

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参道入り口の石段と石垣です。ひとつひとつの石が全て手で削り組み合わさられていて、江戸初期の職人のみごとな技をここに見る事が出来ます。

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田無神社では五行思想に基づき東西南北と中央を守護する五龍神を祀っています。南方の守護である「赤龍神」です。

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龍神の道と呼ばれる参道です。途中から若干右に傾いています。

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加陽家屋敷稲荷神社です。賀陽濟は、田無神社初代宮司としてこの場所に屋敷を築きました。

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田無神社の境内案内図です。

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西方の守護神である「白龍神」です。

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厄災が村に入らないように祈願し、子孫繁栄、縁結びなどを祈るために村の守り神として道の辻などに祀られていた「道祖神」です。田無神社では、良縁結びの神様としてお祀りしています。

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田無神社境内深くから汲み上げた御神水である「白龍の水」です。手を清めるだけでなく、お水取もできます。

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田無用水跡です。

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水を巡る人々の苦労は1696年に玉川用水から田無用水が分水されることにより解消しました。田無神社鎮座当初、田無用水は田無神社を横断していましたが、現在では地下を流れています。

 

拝殿です。明治八年の建築で、その造営は地元大工の手により、江戸の優れた大工技術を継承した非常に貴重なものです。

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拝殿の内外には、様々な彫刻が施されています。

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田無神社の起源は鎌倉期に創建され谷戸の宮山に鎮座していた尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)です。江戸時代に人々が田無に移り住んだことにより最終的に本宮そのものを遷座してきました。

明治になってから熊野神社、八幡神社を合祀し、田無神社と社名を改めました。その際に、主祭神・大国主命と須佐之男命(すさのおのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)、八街比古命(やちまたひこのみこと)、八街比売命(やちまたひめのみこと)、日本武尊命(やまとたけるのみこと)、大鳥大神(おおとりのおおかみ)、応神天皇(おうじんてんのう)をお祀りして、現在に至っています。

 

木彫りの親子の犬の彫り物である「子育て犬」です。

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「子育て親子石」です。

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スサノオをお祭りする津島神社です。

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節分や例大祭で用いられる舞殿です。

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北方の守護神である「黒龍神」です。

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拝殿向かって右奥の恵比寿・大黒様です。打ち出の小槌で鯛を二度叩きます。

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野分初稲荷大社です。食物の神である宇迦之御魂(うかのみたまの)神をお祀りしています。

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鹽竈神社と煩大人社です。

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東方の守護神である「青龍神」です。青龍神だけは祠に祀られています。

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楠木正成像です。

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子孫が保谷に移り住み田無神社の分社である尉殿神社を守護した経緯から、何時しか田無神社の境内に石像が祀られる様になりました。戦に臨む兵士は武運長久を祈念し、石像の一部を砕いて持ちお守りとしたと言われています。

 

御朱印は授与所で頂けます。

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大変に印象的な御朱印を頂きました。

 

日本文化の魂を宿す神社として日本の伝統文化を伝えるべく、また、地域社会との絆を深めるべく開かれた神社を目指しているという事だけあって、開放的でのんびりとした雰囲気の神社でした。お参り以外にも龍を探したり、彫刻を鑑賞したりと様々な楽しみ方ができ、より親しみやすさがあったと思います。みどころが多すぎて記事を書くのに苦労しました。

 

◆「龍」が名物であるパワースポットの数々

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