酒と車と御朱印の日々

心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!信じる者は救われる!

〖御朱印〗子の権現は足腰守護の神仏であった

本日は子の権現(ねのごんげん)として有名な大鱗山雲洞院天龍寺の御朱印をご紹介します。

竹寺から子の権現までは豆口峠経由で2.9㎞となっていますが、私の足で50分くらいで到着しました。竹寺の本殿から鐘楼へ上がっていく道の途中に子の権現への分岐点がありますので注意してください。

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ひたすら急坂を上り続ける小殿~竹寺の区間と比べると傾斜は緩やかなので、予想より早く到着することができました。しかし豆口峠というのが一体どこだったのかはわかりません。最後の尾根道を進んでいると遠くから鐘の音が聞こえてきたので子の権現に近づいていることがわかります。そうこうしている間に右側に妙なものが見えてきました。

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「自分の色を出した寺院作り」を考えている住職が現京都精華大学芸術学部教授西雅秋氏より寄贈を受けたもので、仏教の教えとは何の関連もないものだそうです。

 

子の権現に到着しました。

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竹寺から向かうと一番奥の本坊の裏側に到着しますが、境内の施設については吾野駅側からご紹介します。

 子の権現の創建者である子の聖は子の年である832年の子の月・子の日・子の刻に生まれました。湯殿山で徳を積んだ後、911年に草ぶきの家をこの地に建てて十一面観音を祀ったことが天龍寺の起源となっています。山を登る途中で悪鬼の仕業により下半身に火傷を負ったため、それにより下半身の病に苦しむ人を救おうと誓ったといいます。そのため子の権現は足腰守護の神仏として知られるようになりました。

子の聖の死後、弟子の恵聖上人が子の聖を大権現と崇め、子の聖大権現社を建立しました。

 

最初に登場する二本杉です。子の聖が開山の際に箸として使った杉の枝を地面に挿し、それが成長したと伝えられていて、樹齢約1000年といわれています。

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参道の茶店の奥に鳥居があります。神仏習合の名残でしょうか。

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鳥居の先にある黒門です。

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邪悪なものを退治して仏法を護る仁王像です。露座の仁王像は大変に珍しいものです。

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子の権現は榛名山と同様に自転車で山を上るヒルクライムの聖地となっているようです。そのため自転車用のラックもありました。

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子の権現の本堂です。旧本堂が昭和56年に落雷で焼失し、2年後再建されたものです。

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有名な鉄のワラジです。重さが約2tで日本一の大きさです。足腰守護の神仏として知られる子の権現では履物を奉納して願をかける習わしがありますが、その象徴的な存在となっています。

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鉄のワラジの横には巨大な下駄が奉納されていました。

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願掛けワラジです。二足のうち一方に願事を記入して境内に掛け、もう一方を自宅に祀ります。

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本堂脇の閻魔堂です。

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階段を上がると地蔵尊があります。

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地蔵尊の奥にスカイツリー眺望処があるようなのでさらに登ります。

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奥の院です。

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鐘楼です。

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このような注意書きがあるということは撞いても良いということでしょう。お寺の鐘を撞いたのは大山寺、寶徳寺に次いで三度目です。

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見晴台の標高はスカイツリーとほぼ同じ640mで、天気が良ければスカイツリーを含め、東京湾や筑波山まで見えるそうです。

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これは西武ドームでしょうか。

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御朱印は本坊で頂けます。

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本坊は江戸時代末期の建物で、屋根は茅と杉の皮で何層にも葺かれています。

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「天」の横棒部分に紙が貼りついてしまいました。飯能エリアに共通して素朴な御朱印でした。

 

かつて東久留米に住んでいた私にとって子の権現は人生で初めて登った山と言ってもいいと思います。男坂と呼ばれる鎖場を通った記憶があるので、どうやら正丸駅から登ったようです。小学校1年の夏には四国へ引っ越しているので、前回来たのは小学校入学前後の時期であることは間違いないのですが、そんな年齢でよくぞここまで上がってきたものだと思いました。

記憶の中にかすかに残っていた子の権現はもう少し大きかったのですが、大人になって再び来てみると随分と記憶と違っていました。

 

◆徒歩約1時間の距離にある竹寺の記事 

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◆飯能の浄心寺の記事

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