酒と車と御朱印の日々

心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!信じる者は救われる!

〖御朱印〗諏訪大社下社秋宮で「御柱箸」を頂いた

今回は諏訪大社下社秋宮の御朱印をご紹介します。

諏訪大社四社まいりもいよいよフィナーレです。朝から歩き通しで完全に足にきていましたが、それでも何とか旧中山道を通って下社秋宮に向かいました。

f:id:minamimachida0706:20170830233657j:plain

かつての下諏訪は中山道と甲州街道が交差する交通の要所で、諏訪大社の門前町であると同時に宿場町として大変に栄えました。ちなみに中山道の宿場町で温泉が湧くのは下諏訪宿だけです。

 

スタートしてすぐに諏訪湖を望むことができました。

f:id:minamimachida0706:20170830233749j:plain

1864年(元治元年)の建築と推定される、木造二階建ての旧商家であった伏見屋邸です。復元修理し、街歩きを楽しむ観光客の休憩や住民の交流の場として開設しました。

f:id:minamimachida0706:20170830233821j:plain

沿道には落ち着いた宿場町の雰囲気が出てきました。明治37年から続く鉄鋼泉本館です。

f:id:minamimachida0706:20170830233855j:plain

f:id:minamimachida0706:20170830233931j:plain

諏訪地方唯一の前方後円墳である下諏訪青塚古墳です。6世紀後半のものと推定されています。

f:id:minamimachida0706:20170830234008j:plain

こういった場所の祠でも四隅に御柱が立てられています。

 

明治天皇も宿泊したという下諏訪宿の本陣は一部を一般公開しています。

f:id:minamimachida0706:20170830234133j:plain

下諏訪宿の中心の「錦の湯」です。

f:id:minamimachida0706:20170830234217j:plain

街道沿いでこのような場面を何回も見ましたが、流れているのは温泉です。

f:id:minamimachida0706:20170830234249j:plain

f:id:minamimachida0706:20170830234317j:plain

春宮から1.2㎞歩いていよいよ諏訪大社下社秋宮に到着しました。甲州街道と中山道が交差する、まさにその場所に鎮座しています。

f:id:minamimachida0706:20170830234356j:plain

秋宮の境内案内図です。

f:id:minamimachida0706:20170830234443j:plain

正面の鳥居から中に入ります。

f:id:minamimachida0706:20170830234516j:plain

温泉手水です。下諏訪では至る所で温泉が湧いていますが、神社の手水にも温泉を用いています。かなり熱いですから注意しなければなりません。

f:id:minamimachida0706:20170830234535j:plain

「寝入りの杉」と呼ばれる樹齢600年以上の巨木です。丑三つ時になるといびきの音が聞こえ、皮を煎じて飲ませると子供の夜泣きが止まるといわれています。

f:id:minamimachida0706:20170830234557j:plain

高さ1.7mの狛犬は青銅製では日本一の大きさです。

f:id:minamimachida0706:20170830234626j:plain

秋宮の神楽殿は重要文化財に指定されており、正面の注連縄は長さ13m重さ500㎏で、出雲大社型の注連縄では日本一の長さです。

f:id:minamimachida0706:20170830234658j:plain

重要文化財の幣拝殿です。

f:id:minamimachida0706:20170830234727j:plain

諏訪大社の下社も本殿を持たず、それに相当する宝殿を東西2つ持ち、御柱祭に際してその内の一つを建て替えるのは上社と同じです。下社秋宮では宝殿の奥に建つ一位(イチイ)の古木を御神体としています。

御祭神の八坂刀売神の御霊代が2月1日に秋宮から春宮、8月1日に春宮から秋宮に遷座します。

f:id:minamimachida0706:20170830234814j:plain

下社は春宮も秋宮も建築彫刻の数の多さとその躍動感が特色となっていますが、この2つの彫刻は諏訪地域の大工集団の2つの流派が同時期に技を競い合ったものです。

春宮を手掛けた大隅流は古くから諏訪地域の寺社建築を請け負い、それによって技術を磨き信用を積み上げてきた地元の古豪です。

それに対して秋宮を手掛けた立川流は桶職人の息子が江戸幕府お抱えの彫刻家の元で修業したという新興勢力です。地元に帰ってきて手掛けた第一作目が高い評価を得た結果、下社秋宮の再建というとんでもない仕事を任されました。

長らく諏訪における寺社建築の重鎮であった大隅流としては、新進気鋭の勢力にこのような大仕事が任されたことが面白くありません。秋宮と同じ図面を用いて、藩が提示した金額の半額で、秋宮より1年早く完成させてみせました。

一方立川流は春宮と同じ基本設計でありながら、中央の幣拝殿よりも左右の片拝殿の両端を僅かに前に出すことにより、春宮よりも手前に迫ってくるような迫力を感じさせるような工夫をしています。

秋宮が中山道と甲州街道の分岐点という交通の要所に建っていたことから立川流の彫刻の評判は口コミで広がり、その後彼らは全国各地で仕事をするようになりました。

 

さて下社秋宮の御柱を見てみます。

一之御柱です。裏側はこの時刻にちょうど逆光だったため撮れませんでした。

f:id:minamimachida0706:20170830234840j:plain

二之御柱です。

f:id:minamimachida0706:20170830234915j:plain

三之御柱です。

f:id:minamimachida0706:20170830234946j:plain

四之御柱です。

f:id:minamimachida0706:20170830235023j:plain

御朱印は社務所で頂けます。

f:id:minamimachida0706:20170830235102j:plain

他の三宮と同様にどの角度から見てもかっこいい御朱印を頂きました。

 

四社の御朱印を揃えると記念品がもらえるという事でしたが、御神供と御柱箸をいただきました。

f:id:minamimachida0706:20170830235139j:plain

御神供は既に美味しく頂きましたが、御柱箸はまだ使えずにおります。御柱を削って作った有難い箸ですから、とても日常の食事のような場面では使う気になれません。

f:id:minamimachida0706:20170830235209j:plain

いつの日か「勝負飯」というような場面が出現するときまで待とうと思います。

◆諏訪大社上社前宮の記事

www.goshuinbukuro.com

 ◆諏訪大社上社本宮の記事 

www.goshuinbukuro.com

◆諏訪大社下社春宮の記事 

www.goshuinbukuro.com

 最後までお読みいただきありがとうございます。

スマホでご覧の方はPCでも見ていただけると写真が良くわかります。