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〖御朱印〗(諏訪大社②)上社本宮の見落とせないポイントをまとめてみた

本日は諏訪大社上社本宮の御朱印をご紹介します。

上社前宮から移動

諏訪大社上社本宮は県道16号線沿いで茅野駅から約3.2km、前宮からは約1.5kmの場所に位置しています。(茅野駅までは私の足で45分でした)

f:id:minamimachida0706:20180111204456j:plain諏訪大社上社周辺はバス路線が廃止となってしまったため、自家用車でない場合は歩くかタクシーしかありません。前宮の鳥居の前を通る道を西に進むと約15分で標識が見えてきました。

三の鳥居

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旧神宮寺跡

この辺りはかつて諏訪大社の神宮寺があった場所になります。

f:id:minamimachida0706:20180111204814j:plain赤い部分が明治4年以降の廃仏毀釈により破壊された建築物だそうです。「明治の廃仏毀釈が無ければ現在の国宝といわれるものは優に3倍はあっただろう」という説もあるようで、この時代の人々は何とも馬鹿なことをしたものだと思います。

東参道

f:id:minamimachida0706:20180111205254j:plain東参道は御柱を本宮に引き入れる際に使用する道で、手前の石橋は御柱が乗り上げる最後の難所です。

上社本宮の特色

本殿が無い

諏訪大社の最大の特徴は上社前宮を除いて本殿がないことです。

f:id:minamimachida0706:20180111205403j:plain本宮は拝殿後背の守屋山を御神体としています。矢印が正面の鳥居ですので、背後の山が御神体の山、境内案内図の「神居」とはこのあたりではないかと思われます。

本殿がない代わりに2つの宝殿があり、その内の一つに神輿が納められています。この神輿は織田信長に焼かれて境内が全焼した際も山中に避難させた、まさに御神体同然のようなものです。

御柱祭に合わせて宝殿が建替えられる

f:id:minamimachida0706:20180111205450j:plain寅と申の年の御柱祭に合わせて神輿はもう一方の宝殿に遷座し、古い宝殿は建替えられます。つまり伊勢神宮の式年遷宮のように諏訪大社の2つの宝殿は12年ごとにそれぞれ建替えられるという事になります。現在は左側の東宝殿に神輿が納められています。

諏訪大社上社本宮の境内(下段)

北参道

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山を背にした神社の特徴がよくわかります。

大鳥居

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天流水舎(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111210352j:plainどんなに晴天でも雫が三滴屋根の上から落ちると言われています。

神楽殿(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111210441j:plain1827年に建立されました。

f:id:minamimachida0706:20180111210530j:plain神楽殿に納められた大太鼓は1枚皮では日本一の大きさと言われ、元旦の朝にのみ打たれます。

五間廊(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111210631j:plain1773年築です。

勅使殿(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111210732j:plain1690年創建です。創建時には現在の神楽殿のあたりにあったといわれています。

神馬舎(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111210805j:plain銅製と木製の神馬像を安置しています。

諏訪大社上社本宮の境内(上段)

布橋(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111210938j:plain約67m続く布橋の入り口です。

f:id:minamimachida0706:20180111211024j:plain江戸時代の初期の絵にはここを一般の人が歩いている様子が描かれているそうです。

f:id:minamimachida0706:20180111211045j:plain神輿の遷座はこの中で行われ、その際は床に布が敷かれます。

東宝殿

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一般の神社の本殿にあたります。

前々回の寅年の御柱祭に際して建替えられ、6年経過した昨年の申年の御柱祭で神輿が遷座されてきました。そして空いた西宝殿が今度は建替えられ、6年後に神輿を迎えるというのが諏訪大社上社本宮のサイクルです。

四脚門(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111211158j:plain織田信長に焼かれ、徳川家康が再建しました。かつて最高位の神職であった大祝が硯石と言われる磐座に登る際に使用したものです。

▲硯石

f:id:minamimachida0706:20180111211239j:plain屋根の上に見えるのが硯石です。表面がくぼんで常に水をたたえていることからこの名が付いています。

境内上段入口

f:id:minamimachida0706:20180111211455j:plain布橋を出て右端の入り口から境内上段へ入ります。

勅願殿

f:id:minamimachida0706:20180111211614j:plain1690年建立です。「勅」という字が入っていますが天皇とは関係なく、神霊が宿る守屋山に向かって祈願するための建物です。

拝所

f:id:minamimachida0706:20180111211747j:plain拝殿から斎庭を隔てて位置します。

拝殿(重要文化財)

f:id:minamimachida0706:20180111212204j:plain拝殿の後ろに幣殿、左右に片拝殿が続く「諏訪造」と呼ばれる独自配置です。華美な装飾・塗装はなされず全て素木造ですが、しばらくの間見とれてしまうような美しさがありました。

御柱

御柱祭で立てられる16本の柱の内、上社本宮の三之御柱、四之御柱の2本だけは分かりにくい場所にあります。(特に三は見方がわからないと気付かない)

一之御柱

f:id:minamimachida0706:20180111212512j:plain正面鳥居を入ってすぐの場所にあります。

f:id:minamimachida0706:20180111212604j:plain御柱は切り出してから曳いてくるため裏側が削れます。裏側を見ると相当削れていました。

二之御柱

f:id:minamimachida0706:20180111212633j:plain布橋入り口付近にあります。

三之御柱

f:id:minamimachida0706:20180111212731j:plain目印として「遥拝所」の看板が立てられていました。

f:id:minamimachida0706:20180111212818j:plainそこから見るとこのように見えます。どれが御柱かわかりますか?

f:id:minamimachida0706:20180111212904j:plain中央付近を拡大しました。黒い木の間に見える白い木が三之御柱です。

四之御柱

f:id:minamimachida0706:20180111212939j:plain勅願殿の脇に四之御柱遥拝所があります。

f:id:minamimachida0706:20180111213034j:plain奥の方に四之御柱があります。

f:id:minamimachida0706:20180111213109j:plain拡大してみました。

御朱印

f:id:minamimachida0706:20180111213218j:plain御朱印は社務所で頂けます。特に待つことなくすぐに書いて下さいました。

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前宮と同様にどの角度から見てもかっこいい御朱印を頂きました。

◆諏訪大社上社前宮の記事

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◆諏訪大社下社春宮の記事

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◆諏訪大社下社秋宮の記事

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◆戸隠神社の記事

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