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【御朱印】金欠の人は冬至に穴八幡宮をお参りするといい

今回は早稲田の穴八幡宮の御朱印をご紹介します。

穴八幡宮は当初の予定にはなく、本来別のお寺のお参りが目的で早稲田に来たのですが、そちらにはあいにくどなたもいらっしゃらなかったので、急遽予定を変更してお向かいにあった穴八幡宮をお参りすることにしたのです。

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この日は馬場下町の交差点が大勢の人出で大変なことになっていたのですが、どうやら早稲田大学のオープンキャンパスがあったためのようです。

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遠方からでもはっきりと確認できる朱色の巨大な鳥居ですが、よく見ると根本を亀が支えています。

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鳥居をくぐるとすぐに「高田馬場の流鏑馬」像がありました。

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穴八幡宮は徳川幕府の歴代将軍が度々お参りした神社で、流鏑馬は八代将軍吉宗が世継ぎの疱瘡平癒を祈願して奉納してから折に触れて行われるようになり、現在では近隣の都立戸山公園内にて毎年10月10日に開催されています。

 

二の鳥居をくぐり石段を上がります。穴八幡宮が鎮座する丘は前方後円墳だといわれています。

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穴八幡宮は奥州の乱を鎮圧した源義家(八幡太郎)が凱旋の折りにこの地に兜と太刀を納め、氏神である八幡宮を祀ったことが起源とされています。1641年に八幡神を祠る別当寺を建てるために境内南側の崖を整地したとき横穴が現れ、そこに金銅の阿弥陀像が発見されたことから穴八幡宮と呼ばれるようになりました。以来、商売繁盛や金運UP、出世、開運、蟲封じなどにご利益があるとされ、明治12年には皇太子(後の大正天皇)の蟲封じのための祈祷も行われています。

 

東京大空襲により社殿は焼失しましたが、江戸時代の設計図を基に再建工事が現在も進行しています。

平成10年に再建された随神門です。

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再建されたばかりの鼓楼です。

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徳川家光により奉納された布袋像の水鉢です。大勢の人に撫でられてツルツルになっていました。

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雄大な姿を見せる社殿です。

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神武天皇遥拝所です。ここから遥か南西の奈良県・橿原神宮の方向へ遥拝できます。

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穴八幡宮で最も有名なものが「一陽来復御守」です。

「一陽来復(いちようらいふく)」とは、冬至の別名で、太陽の力が最も弱った後に日々回復していくことから転じて、これから幸運が訪れるというポジティブな意味合いがある言葉です。
穴八幡宮に伝来する一陽来復御守はこのエネルギーをお金にあてはめたもので、財運・金運アップのお守りとして、江戸から今に伝わる特別なものなのです。

 

御守りは毎年冬至から翌年の節分まで領布され、冬至・大晦日・節分のいずれかを選び、24時ちょうどに文字を翌年の恵方に向け、恵方と反対側のなるべく高い位置に貼ると資金繰りが良くなるとされて大変な人気です。領布初日の冬至の日は条件次第では数時間待ちの行列を覚悟しなければならないようです。

2017年の冬至は12月22日(金)です。私はもう手帳に書き込みました。

 

ご朱印は拝殿内の社務所で頂けます。

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穴八幡宮はご朱印も「一陽来復」です。浮き上がってくるような堂々たる書体のご朱印を頂きました。尚、一陽来復守領布期間中はご朱印は取り扱わないそうなのでご注意下さい。

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