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【御朱印】長國寺は浅草酉の市の起源である

今回は浅草田甫「酉の寺」として知られる長國寺をご紹介します。以前ご紹介しました鷲神社に隣接する長國寺では6月20日・21日と「あじさい祭」が開催されていたため、それに合わせてお参りしてきました。

 

長國寺は1630年に浅草寺町に開山され1669年に現在の地である浅草千束に移転されました。安置している鷲妙見大菩薩を毎年11月の酉の日に御開帳していますが、これは開山当時から続いる伝統行事です。

鷲神社をご紹介した際に書きましたように毎年11月の酉の日に各地で開催される酉の市は、もともとは江戸近郊の花又村(現在の足立区花畑)の農民が鎮守である大鷲神社に収穫を感謝する祭りから始まったといいます。浅草における酉の市は御開帳の際、門前に市が立つようになったことが起源となりました。当時は「本の酉」と呼ばれる花又村の方が盛んでしたが、長國寺の隣地に吉原遊郭が移転してくると、その賑わいを味方につけた浅草の「新の酉」の方が有名となります。

 

花又村の酉の市では11月という季節柄、落ち葉をかき集める熊手が売られていましたが、浅草酉の市では絵に描いた大判小判やおかめの面を飾った「縁起熊手」が売り出され商売繁盛を願う人々に大歓迎されました。農民の祭りと商人の祭りでは洗練の度合いが違ったのでしょう。また長國寺が「仏様のおとりさま」鷲神社が「神様のおとりさま」として両方の御利益を期待できるということも人気になった秘訣かもしれません。

 

長國寺の山門です。鷲神社のド派手な門と比べるとかなり雰囲気が違います。

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門の下では甘茶あじさいから作られた甘茶香が焚かれていました。

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参道の両脇はあじさいで埋め尽くされていました。

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あじさいでつくられた日本庭園です。

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各地から珍しいあじさいが集結した「あじさい図鑑です」

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篭あじさいの即売も行われていました。

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私がお参りした時はちょうどお祭りの開会式の真っ最中でした。区長やら都議会議員やら区議会議員やらお偉方がずらりと並び、来賓の名前を一人一人読み上げるだけでも一苦労のようです。都議会議員選挙の直前でしたからちょっとした手違いでもとんでもないことになります。

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「きゅうりの吸い物」を味わってみたかったのですが、こういう状態だったので断念しました。

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長國寺の本堂です。

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長國寺はもともと鷲神社と一体の存在だったようですが明治に入ってからの神仏分離令により分割されました。本堂は関東大震災や東京大空襲によって焼失と再建を繰り返しており、現在の建物は平成4年に落慶したものです。

 

敷地の裏にそびえ立っているのは遊女の性病治療専門だった吉原病院の流れを汲む台東病院です。病院の向こう側がかつては吉原遊郭があった場所になります。

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御朱印は客殿の玄関ロビー脇で頂けます。ロビーには大熊手が飾ってありました。

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あじさい祭の期間中はすべて書置きの御朱印になります。

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伝統の酉の市を守り抜いていくという気概が感じられるような御朱印を頂きました。

 

◆一緒になって浅草酉の市を盛り上げる鷲神社の記事

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◆台東病院の向こう側にある吉原神社の記事

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◆近所にある飛不動は英語名がかっこいい

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