酒と車と御朱印の日々

心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!信じる者は救われる!

【御朱印】猿田彦神社を始めとする神宮周辺の主要神社を漏れなくまわった

おはらい町通りの散策を終えると猿田彦神社に向かいました。

往復に夜行バスを使い1日で名古屋・伊勢をできる限りまわるという強行軍ですが、熱田神宮、伊勢神宮外宮、内宮とまわり、そのあと夕方までに猿田彦神社、月讀宮、倭姫宮、月夜見宮とまわるつもりです。この先ぶっ通しで歩き続けることになりそうですが、時刻はまだ1時をまわったばかりであり何とかなるだろうという心境でした。

f:id:minamimachida0706:20170620231948j:plain

猿田彦神社は内宮の近くに位置しているため伊勢神宮とセットのような存在となっています。おはらい町通りの入り口に近く、まさに聖なる空間の入り口のような場所に位置していました。

f:id:minamimachida0706:20170620232153j:plain

猿田彦神社の拝殿です。

f:id:minamimachida0706:20170620232224j:plain

御祭神である猿田彦大神は「みちひらき」の神とされています。天孫降臨の際に、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を出迎え、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)と共に高千穂までご案内したのが猿田彦大神です。案内を終えると猿田彦大神は伊勢の五十鈴川河畔の地に鎮座しました。

後に倭姫命が御神体の「八咫鏡」を祀る地を求めて各地を巡幸した際、猿田彦大神の子孫の太田命が五十鈴川上流の地をお勧めした結果この地に皇大神宮が造営されました。そのため猿田彦神社は物事の始まりの際に道標となってくれる神様とされています。

 

古殿地の方位石です。昭和11年まで御神座のあった神聖な場所です。

f:id:minamimachida0706:20170620232258j:plain

たから石です。

f:id:minamimachida0706:20170620232331j:plain

舟型の石は宝船を連想することから縁起がよいとされていますが、この石は蛇が乗っているように見えるという事で特に縁起がよいとされています。

 

「君が代」でも歌われているさざれ石です。歳を重ねて成長すると将来は岩になるという、これも大変に縁起の良い物です。

f:id:minamimachida0706:20170620232408j:plain

猿田彦大神の妻である天宇受賣命を祀った佐瑠女神社です。

f:id:minamimachida0706:20170620232451j:plain

天宇受賣命は天照大御神を岩戸から出すために神楽を舞った逸話で知られており、天孫降臨の際は猿田彦大神と共に先導役を務めました。そういったことから芸能関係や縁結びを求める人々の信仰の対象となっています。

 

子宝池です。猿田彦大神の直径の子孫とされる宇治土公家の産霊神が祀られています。

f:id:minamimachida0706:20170620232531j:plain

拝殿の裏側にある御神田です。

f:id:minamimachida0706:20170620232607j:plain

毎年5月5日には豊作を祈って早苗を植えるお祭である「御神田祭」がおこなわれ、これは初夏を告げる伊勢の風物詩となっています。

 

本居宣長墨跡です。

f:id:minamimachida0706:20170620232643j:plain

江戸時代の国学者である本居宣長が参宮した際に宇治土公家に宿泊し、その際詠んだものです。「神代より神の御末とつたへ来て名くはし宇治の土公わがせ」と記されています。

御朱印は控殿で頂けます。

f:id:minamimachida0706:20170614221415j:plain

グレードが高い神社であることを思わせるシンプルな御朱印を頂きました。

猿田彦神社のお参りを終え、この後伊勢神宮の別宮である月讀宮に向かいました。ここから先が大変だった。

 

◆一生に一度は来てみたい「お伊勢参り」の記事

minamimachida0706.hatenablog.com

minamimachida0706.hatenablog.com

◆この後まわった月讀宮の記事

minamimachida0706.hatenablog.com

◆おはらい町通りを散策した記事

minamimachida0706.hatenablog.com

最後までお読みいただきありがとうございます。