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【御朱印】来迎寺(西御門)には「鎌倉で最も美しい仏像」がある

私のように東京の西部に住んでいる者が御朱印集めをするという事になるとどうしても主戦場は鎌倉という事になります。これまで何回も通い、ほぼすべてのエリアを制覇したつもりでしたが、よく見るとまだまだ空白地域があるようです。その一つをつぶすべく西御門の来迎寺(らいこうじ)をお参りしました。

 

源頼朝が鎌倉に幕府を開く際、当初は父義朝の邸があった現在の寿福寺のあたりを考えていましたが、そこが狭かったために現在の清泉小学校のあたりに開くことになりました。跡地には現在石碑が残されています。

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石碑の隣に清泉小学校の児童の手による解説がありました。

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幕府の西門があった関係でこのあたりが西御門(にしみかど)という地名になっています。 

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鎌倉には来迎寺という寺院は西御門の他に材木座にもあるようです。地図を見ると長勝寺と補陀洛寺の間にありましたが、先日そこを通った時には全く気付きませんでした。

 

西御門の来迎寺は1293年に発生した鎌倉大地震で、とりわけ被害が甚大であったこのあたりの亡くなった村人を供養するために一遍により創建された寺院です。

この地震では「山は崩れ地が裂け」死者が2万3千人に及び、大慈寺や建長寺が倒壊するなどの被害がありました。地震のどさくさの中で鎌倉幕府執権北条貞時が幕府内で専横をふるっていた平頼綱父子を討伐した平禅門の乱も起こっています。

 

主要な観光スポットから離れているため周辺の学校から聞こえてくる子供たちの声と鳥の鳴き声しか聞こえません。

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来迎寺の本堂です。

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本堂には御本尊の阿弥陀如来坐像と南北朝時代の仏師である宅間浄宏の作と伝えられる地蔵菩薩像が安置されています。この地蔵菩薩像は近くにあった報恩寺(廃寺)の本尊だったものです。

本尊脇の如意輪観世音菩薩像は練った土で作った紋様を貼り付けた「土紋」の装飾で知られており、「鎌倉で最も美しい仏像」ともいわれています。

 

御朱印と同様に仏像も仏教信仰の対象ですから拝観にあたってはまず礼拝することが大切です。

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あいにくこの日は拝観できないようでした。

 

一遍の起こした時宗は阿弥陀仏に帰命(おまかせ)する「ただ今のお念仏」を重視しています。仏に護られていることを知ったうえで家業に励めば極楽浄土への道が開かれるという教えになります。この点で「今を生きる」という事を重視する日蓮との争いが絶えなかったのかもしれません。

 

来迎寺はとにかく緑に囲まれた静かな寺院でした。

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反対側の山を越えるとそこはもう北鎌倉の建長寺になります。

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御朱印は参道の途中にある寺務所で頂けます。

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書き手の方がいらっしゃらなかったので書置きでした。

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繊細な書体の御朱印を頂きました。

 

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◆一山こえればそこは建長寺

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