酒とうどんと御朱印の日々

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〖西御門〗来迎寺の御朱印と「鎌倉で最も美しい仏像」を祀る本堂

今回は西御門の来迎寺(らいこうじ)の御朱印をご紹介します。西御門は鎌倉時代に幕府の西門が合った場所であり、1293年に発生した大地震で亡くなった村人を供養するために一遍により創建された来迎寺には「鎌倉で最も美しい」仏像が祀られています。

幕府の西門があった西御門

源頼朝が鎌倉に幕府を開く際、当初は父義朝の邸があった現在の寿福寺のあたりを考えていましたが、そこが狭かったために現在の清泉小学校のあたりに開くことになりました。跡地には現在石碑が残されています。

幕府跡地の石碑

石碑の隣に清泉小学校の児童の手による解説がありました。

清泉小学校の児童の手による解説

幕府の西門があった関係でこのあたりが西御門(にしみかど)という地名になっています。 

反対側の山を越えるとそこはもう北鎌倉の建長寺反対側の山を越えるとそこはもう北鎌倉の建長寺になります。

来迎寺の由緒

鎌倉には来迎寺という寺院は西御門の他に材木座にもあるようです。西御門の来迎寺は1293年に発生した鎌倉大地震で、とりわけ被害が甚大であったこのあたりの亡くなった村人を供養するために一遍により創建された寺院です。

この地震では「山は崩れ地が裂け」死者が2万3千人に及び、大慈寺や建長寺が倒壊するなどの被害がありました。地震のどさくさの中で鎌倉幕府執権北条貞時が幕府内で専横をふるっていた平頼綱父子を討伐した平禅門の乱も起こっています。

来迎寺の御朱印

御朱印所

御朱印は参道の途中にある寺務所で頂けます。

来迎寺の御朱印所である寺務所

こちらでは本尊の阿弥陀如来、鎌倉十三仏霊場の阿弥陀如来、鎌倉三十三観音霊場の如意輪観音、鎌倉二十四地蔵尊霊場の岩上地蔵尊の四種類の御朱印が頂けます。

志納金300円

御朱印

書き手の方がいらっしゃらなかったので御本尊の書置きを頂きました。

来迎寺の御朱印

繊細な書体の芸術的御朱印を頂きました。

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来迎寺の境内

来迎寺の入り口の階段

 

来迎寺は主要な観光スポットから完全に離れた場所に位置しています。

来迎寺の門

周辺の学校から聞こえてくる子供たちの声と鳥の鳴き声しか聞こえません。

来迎寺境内の緑

来迎寺はとにかく緑に囲まれた静かな寺院でした。

「鎌倉で最も美しい仏像」を祀る来迎寺の本堂

来迎寺の本堂

本堂には御本尊の阿弥陀如来坐像と南北朝時代の仏師である宅間浄宏の作と伝えられる地蔵菩薩像が安置されています。この地蔵菩薩像は近くにあった報恩寺(廃寺)の本尊だったものです。

本尊脇の如意輪観世音菩薩像は練った土で作った紋様を貼り付けた「土紋」の装飾で知られており、「鎌倉で最も美しい仏像」ともいわれています。

仏像拝観の注意書き

拝観するためにはインタホンで寺務所の方を呼び、本堂の扉を開けてもらいます。あいにくこの日は拝観できないようでした。

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