酒と車と御朱印の日々

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【御朱印】八雲神社では見晴台に上がることをくれぐれもお忘れなきよう

妙本寺のお参りを終えて総門の前の道を南に向かうと「ぼたもち寺」として知られる常栄寺の前を通り抜けた先の住宅街の中に八雲神社があります。こちらは1083年に新羅三郎義光が京都の祇園社(現在の八坂神社)から勧請したと伝えられています。

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新羅三郎義光は八幡太郎と呼ばれた源義家の弟で、後三年の合戦で苦戦する兄を助けるために奥州に向かう途中鎌倉に立ち寄りました。

 

平安時代後期になると藤原氏が全てを掌握した摂関政治がおこなわれていましたが、地方において天災・飢饉・疫病等が発生しても貴族はただ祈祷を行うのみで、儀式のみ行われたといいます。平将門の反乱が発生しても政府の追討軍が到着したのは既に一族の手により将門が殺された後であったことに象徴されるように、中央には反乱を鎮定する能力がもはやありませんでした。そのため中央の貴族に変わり地方の武士が力を持ち始めた時代でした。

 

疫病の流行で人々が困っていた時に鎌倉入りした義光が「厄除神」として知られた京都の祇園社を勧請して祈願したところ疫病が鎮みました。そのため八雲神社は「鎌倉最古の厄除けの杜」として知られています。

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閑静な住宅街の中にいきなりこのような空間が現れます。どうやら周辺の人々の憩いの空間となっているようです。

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 拝殿です。

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毎年7月に開催される八雲神社の大祭は地名から「大町まつり」と呼ばれています。その時繰り出される4基の神輿を安置した「寶蔵庫」です。「自由拝観」という看板が目を引いています。ドアを開けて中に入れるのでしょうか。

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要するに窓から自由に中を覗いていいという事のようです。まつりの時は乳幼児を抱いて神輿の下をくぐる「神輿くぐり」により子供の無事な成長を祈願します。

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拝殿の左側に鎮座する境内社です。左から於岩稲荷社、稲荷神社、諏訪神社です。

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拝殿の右奥の境内社です。三峯神社と御嶽神社です。

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境内の御神木の下には「新羅三郎手玉石」があります。これくらいの石を手玉に取れるくらい力持ちだったという事でしょう。

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八雲神社の境内は以上で全部ですが、これだけで帰ってしまうのは円覚寺や建長寺で本堂をお参りしただけで帰ってしまうのと同じくらいもったいないことです。八雲神社は祇園山ハイキングコースの入り口となっています。

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ハイキングコースの山道を5分程度上がると見晴台に出ることが出来るのです。

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材木座から由比ヶ浜、稲村ケ崎まで一望できます。空気が澄んでいれば長谷の山越しに富士山や丹沢が見えるそうです。

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少し険しい道を登らなければなりませんが、素晴らしい眺望を楽しむことができます。八雲神社まで来たからにはぜひ見晴台まで上がることをお勧めします。

御朱印は社務所で頂けます。

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誠に堂々たる御朱印を頂きました。

 

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◆八雲神社から徒歩8分の安養院はツツジが綺麗だった記事

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