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【御朱印】福徳神社を再生させた三井不動産の再開発

本日は所用で日本橋まで行ったため、YUITO、COREDOの裏に鎮座している福徳神社にもお参りして御朱印を頂きました。

実はこの辺りはこれまで何度も通った場所なのですが、巨大な商業施設にばかり気を取られていて、裏に福徳神社があるとは全く知りませんでした。

 銀座線の「三越前」駅から地上に出るとYUITOの横に小奇麗な参道があります。

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参道を抜けると福徳神社の鳥居がありました。

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隣地にはCOREDO室町がそびえたっています。

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平成26年に再興された拝殿です。

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福徳神社は言い伝えによると1100年以上前からこの地にあったとされています。当時この辺りは武蔵野国豊島郡福富村と呼ばれていた田園地帯で、その頃より福富稲荷として祀られていました。

八幡太郎として知られる源義家や江戸城を築城した太田道灌といった武将から深く崇敬されていたといわれています。道灌は祭神として合祀され、その兜・矢・鏃などが奉納されてと伝わっています。

 

江戸時代に入ると徳川家とつながります。家康は数度にわたり福徳神社を参詣し、二代将軍秀忠からは「福徳とはまことにめでたい神号である」と称賛されました。このときクヌギの皮付き鳥居に若芽が出ていたのを見て神社の別名を「芽吹稲荷」と名付けたといいます。

後に江戸城内の弁天宮と徳川家康の神号である東照大権現も合祀されています。

ここが福徳神社の全盛期と言っていいでしょう。

 

福徳神社は幕府から富くじ興行を公認されていた数少ない寺社の一つです。そのため宝くじ当選祈願の神社とされています。

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そのためこのような露骨なものも発売されています。

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「芽吹稲荷」神社ですから犬ではなくキツネです。何を銜えているのかいろいろ調べましたがついにわかりませんでした。

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神社に隣接して「福徳の森」が整備されていて周辺施設を利用する人の憩いの場となっています。

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このあたりは以前は製薬業界の会社が数多くありました。それにちなみ近隣のビルの屋上に造営されていた薬祖神社も福徳の森に遷座されています。

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どこかで見たような名前が並んでいます。

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お参りの後はその名も芽吹茶屋で一休みすることもできます。

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徳川秀忠の時代に全盛期を迎えた福徳神社もその後江戸の町の発展や度重なる火災といった事情により次々と土地を失い、完全に消滅寸前になりました。戦後はビルの屋上へと移されていったり、どこかの居酒屋に間借りしていたこともあったようです。

 

状況を劇的に変えたのは周辺地域の再開発です。

もともとこのあたりは地元に根差した企業や老舗の商店が独自の街づくりを進めてきた地域です。しかし建物の老朽化が進み、さらに周辺地域の台頭により商業地としての地位が低下していきます。そして遂には白木屋以来336年の歴史を持つ東急百貨店日本橋店が売り上げ不振により閉店するまでになってしまいました。

 

この地域独自の個性を持った魅力ある街として再生するため、東急百貨店の跡地を中心として周辺地域を再開発したのが三井不動産による「日本橋室町東地区再開発計画」です。その中にはCOREDOやYUITOと並んで何と「福徳神社の再生」も含まれていたのです。

 

ちょうど平成19年当時のこの地域の地図がありました。

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赤い線で囲んだのが現在の「福徳の森」、青い線で囲んだのがCOREDO、YUITOといった大型ビルです。再開発により大型ビルを建てることによりまとまった空き地を捻出することができたのです。

 

この地図のどこを探しても福徳神社は見つかりませんでした。地図の上では消滅してしまった神社が周辺施設を利用する人々の憩いの場として見事に復活したと言えましょう。

元禄時代に向島に合った三囲(みめぐり)神社を「三囲は三井に通じる」ということで三井家の守護社として篤く保護したことが現在の三井グループの繁栄につながっているともいえます。神社を大切にするのは三井の伝統なのでしょうか。

 

御朱印は拝殿横の授与所でいただけます。

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12:00~13:00は書き手の方が不在となるようなのでその時間は避けるようにしましょう。

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どっしりとした落ち着きのある御朱印を頂きました。

 

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