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〖蛇窪大明神〗上神明天祖神社の特別御朱印と蛇だらけの境内

本日は上神明天祖神社の御朱印をご紹介します。かつて蛇窪と呼ばれた地に鎮座し、蛇窪大明神を祀っています。こちらでは4月1日~9日までの期間弁天社例祭特別御朱印を頂くことができ、また4月中は蛇窪大明神御朱印が桜色となります。週末に限定御朱印を頂くという事で相当な混雑となっていました。

上神明天祖神社の由緒

1322年の武蔵の国の大干ばつの際、大森の厳正寺の僧侶が付近にある龍神社に雨乞いの祈願を行ったところ大雨が降り、それに感激した人々が蛇窪に神社を勧請したことが神社の起源とされています。

「蛇の街」を売りにした商店街の垂幕昭和初期までこの地は蛇窪という地名で呼ばれていました。当時は著しく蛇行した水路があったということですから、そのような地形に由来したのでしょう。

当時の社名は神明社で、1644年に蛇窪村が上蛇窪村と下蛇窪村に分かれた際、下神明天祖が分社されました。

上神明天祖神社の御朱印

御朱印所

上神明天祖神社の御朱印は社殿向かって右側の社務所でいただけます。

こちらでは御朱印は上神明天祖神社、厳島弁財天、蛇窪大明神の3種類頂くことが出来ます。

初穂料300円

上神明天祖神社の御朱印袋オリジナルの御朱印帳袋は何と西陣織だそうです。

御朱印

上神明天祖神社の御朱印弁財天と蛇窪大明神の御朱印がこの時期は桜色になります。限定御朱印ということで大変に混雑しており、受付けにたどり着くまでに45分、そこから御朱印を受け取るまでに1時間45分待つことになりました。

 

上神明天祖神社の蛇だらけの境内

こちらでは上神明天祖神社、厳島弁天社、伏見稲荷社のそれぞれの御祭神を総称して「蛇窪大明神」と奏称しています。

大鳥居

上神明天祖神社の大鳥居大正時代に建立され、先の大戦の空襲の際も鳥居のみ戦禍を逃れました。昭和49年に銅で修復されています。

参道

上神明天祖神社の参道。御朱印を求める行列ができている。参道には限定御朱印を求める行列ができていました。

社殿

上神明天祖神社の社殿先の大戦の空襲によって焼失し、昭和36年に再建されました。

境内社

厳島弁天社

厳島弁天社。鳥居の奥に祠がある。

鎌倉時代、社殿の左側にあった清水の湧く洗い場に住んでいた白蛇が洗い場が無くなったことにより現在の戸越公園の池に移り住みました。

2匹の白蛇が巻き付いた祠

あるとき地元の有力者の夢枕に白蛇が現れ、元の場所に戻すよう懇願されたことから神社内に池を掘り、弁財天を建立したということです。

伏見稲荷社

伏見稲荷社。朱色の鳥居が続いている。

京都伏見稲荷大社の分霊をお祀りしています。

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