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〖御朱印〗銭洗弁財天の御朱印は芸術的だった

今回は銭洗弁財天をご紹介します。

年末に鎌倉の佐助稲荷神社の御朱印を御紹介をしました。平治の乱で敗れて伊豆に流されていた源頼朝は日夜平家討伐を念じていましたが、隠れ里と呼ばれていた地域の稲荷神が頼朝の夢枕に現れ挙兵を勧めました。最終的に頼朝は平家を滅ぼして鎌倉に武家政権を樹立することに成功するのですが、当時「佐殿(すけどの)」と呼ばれていた頼朝を助けたという事でこの地域一帯が佐助ヶ谷(さすけがやつ)と呼ばれるようになります。

 佐助稲荷神社の他に銭洗弁財天として知られる宇賀福神社はこの佐助ヶ谷にあります。これもまた頼朝の夢枕に現れた宇賀福神のお告げに従ってこの地に社殿を建てたと言われています。


「鎌倉は三方を山に囲まれ前面が海という守るのに適した場所」というという言葉は日本史の教科書に必ず登場しますが、それだけに周辺部へ行く時は厳しい上り坂を覚悟しなければなりません。佐助稲荷神社への道と分かれると後は源氏山公園へ向かう急坂をひたすら上ることになります。


銭洗弁財天は坂の途中に急に現れます。鎌倉の観光地人気ランキングでは常にベストテンに入るような場所ですから左側の石碑の周りでは常に観光客がポーズをとっていて、シャッターチャンスがくるまでかなり待たなければなりません。

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このトンネルは戦後掘られたとのことです。ブラタモリでも取り上げていましたが鎌倉の石は凝灰岩で比較的柔らかく削りやすいということなので、それほど苦労はなかったのかもしれません。

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まずは本宮にお参りします。神話に登場する水の神様である市杵島姫命が祀られています。

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奥宮が有名な銭洗弁財天です。

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源頼朝が社殿を建てた72年後に北条時頼がこちらの霊水で銭を洗って一族の繁栄を願ったのが銭洗いの始まりだと言われています。

 

100円で線香と蠟燭を買いザルを借りました。線香と蝋燭はお供えします。

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奥宮の内部です。

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手持ちの千円札を洗いました。洗った金はハンカチ等でよく拭き、保存するのではなく「使う」ことが大切だそうです。使うことによって世の中にお金がまわり、再び自分の所に戻ってくるという事でしょう。

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境内社の七福神社です。七福神が祀られています。

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同じく境内社の下之水神社です。左手奥には滝がありました。

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見落としていましたが、さらに奥に行くと上之水神社があったようです。


御朱印は昨年6月19日にお参りした際に頂きました。

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これまででも屈指の芸術的御朱印です。

 

◆同じ佐助ヶ谷にあるパワースポットの佐助稲荷神社の記事

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 ◆トンネル前の坂をさらに上がった場所にある葛原岡神社の記事

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