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〖御朱印〗松陰神社に再現された松下村塾は史上最強の学閥だった

今回は幕末の志士であった吉田松陰を祀る松陰神社の御朱印をご紹介します。

多くの人材を育成した吉田松陰

吉田松陰と言えば長州藩です。薩摩藩とともに徳川幕府を倒した長州藩からは明治新政府をリードする人物を多数輩出しましたが、その多くが松下村塾の吉田松陰門下生であったことが知られています。松陰は安政の大獄に連座して江戸小伝馬町の牢屋敷で斬首されましたが、後に遺体が現在の松陰神社の場所に改葬されました。司馬遼太郎の「世に棲む日々」にこのあたりの様子が書かれていますが、幕府の罪人として処刑された松陰の遺体を高杉晋作や伊藤博文が白昼堂々掘り起こして運ぶという世間を驚かすような事件だったと言います。そして明治の世になってから松陰を祀った神社が創建されました。

松陰神社の境内

東急世田谷線の「松陰神社前」から商店街を抜けると5分くらいで到着します。外から見ると神社というより大学の施設のように見えました。

f:id:minamimachida0706:20161216201434j:plain神社の由来です。漢字にすべてふりがながふられています。外国人観光客用でしょうか。

f:id:minamimachida0706:20161216201503j:plain参道には松陰の像が建てられていました。

f:id:minamimachida0706:20161216201542j:plain堂々たる本堂です。

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神社内に再現された松下村塾

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本堂の奥にかつての松下村塾の建物が模造されています。

f:id:minamimachida0706:20161216201629j:plain教室の様子です。

f:id:minamimachida0706:20161216201644j:plain世田谷のど真ん中に位置していますが、うっそうとした樹木に覆われ、ここだけ別世界となっていました。すぐ近くでボロ市が開催中とはとても思えない閑静な空間でした。

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吉田松陰の墓地

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近隣の豪徳寺には宿敵の井伊直弼の墓があります。

 史上最強の学閥である松下村塾

松下村塾からは数多くの人材が輩出されますがその中でも久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一は「四天王」とまで言われました。しかし久坂と入江は禁門の変で自決、吉田は池田屋事件で討ち死にします。高杉は奇兵隊を結成して活躍しますが肺結核のため28歳で亡くなりました。
こういった人々が犠牲となった後、伊藤博文や山県有朋といった塾ではそれ程優秀ではなかったグループが最終的に新しい世の中をつくりあげます。司馬遼太郎は松下村塾を一種の派閥としてとらえていますが、山県などほんの数日間通っただけで松下村塾門下生を名乗ることができて随分と得をしたといいます。ある意味で史上最強の学閥と言っていいのではないでしょうか。世の中最終的に何が幸いするか全くわかりません。

御朱印

3冊目の御朱印帳の最後の御朱印です。

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松陰先生の人柄をしのばせる実直な御朱印を頂きました。

 ◆宿敵井伊直弼はすぐ近くで眠っているという豪徳寺の記事

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 ◆この後訪れた世田谷ボロ市の記事

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