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〖御朱印〗増上寺が背後にそびえる東京タワーに負けていない理由とは?

東京を舞台としたロードレースである箱根駅伝と東京マラソンはいずれも日比谷通りを往復しますが、その際必ずテレビで流されるのが増上寺と東京タワーがコラボした映像です。本日はその増上寺と御朱印をご紹介します。


増上寺といえば言わずと知れた徳川家の菩提寺ですが、歴史的には家康より約200年前の1393年に現在の麹町あたりから始まったとされています。家康の江戸入府の際たまたま増上寺の前を通り住職と面会したことが菩提寺になるきっかけだったといいます。
1598年に家康により現在に地に移されますが、江戸の裏鬼門の抑えという役割があったと考えられています。

その後も徳川家代々の保護により江戸時代は大変に繁栄した寺院です。今の芝公園全体が寺の敷地だったと言いますから相当なものです。明治になって仏教界に逆風が吹き荒れ敷地の大半を公園にとられてしまいましたが、日比谷通りににらみを利かせている赤い門を見ていると今でも江戸の裏鬼門を守り続けているような迫力を感じます。


戦後テレビの時代となり新しい電波塔の建設地として芝公園が選ばれました。増上寺も敷地を提供したそうです。こうして寺院とタワーという変わったコラボレーションが始まりました。
そんな増上寺をお参りしたのは今年の6月8日です。


三解脱門です。増上寺を象徴しているこの門は1622年に建てられ、空襲の被害からも逃れた重要文化財です。どんよく・いかり・ぐちという三つの煩悩から解脱する悟りの境地を表現しています。

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本尊の阿弥陀如来を祀る本殿です。寺院建築とタワーが一体となり、東京を代表する風景となっています。

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戦時中の空襲により焼失していた大殿が再建されたのが昭和49年ですからその頃既に周囲に東京タワーやプリンスホテルが出来上がっていたことになります。設計者の大岡實はこれらの建物に負けないだけの華麗さや雄大さを表現しようとして様々な工夫をしました。背後に東京タワーがあり隣に高さ30mのプリンスホテルがある環境では普通の建物では谷間に潜ったようになってしまいます。そこで誕生したのが重層の錣葺入母屋造本堂でした。
やはり空は青い方がタワーの色に映えますので、別の日に撮った写真も載せます。

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御朱印は本殿右隣りの安国殿で頂けます。

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質実剛健といった力強い御朱印を頂きました。

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