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〖御朱印〗都内で最古の寺院である浅草寺のお勧めスポットをまとめた

今回は1400年近い歴史を持つ東京最古の寺院の浅草寺をご紹介します。 

聖徳太子とほぼ同時代に創建された浅草寺

浅草は東京を代表する観光地であり浅草寺は東京で最も有名な寺院ではないかと思います。正月三が日の初詣では全国でもベスト5に入る人気スポットです。

夜間にライトアップされた雷門。多くの観光客が前で記念写真を撮っている周辺では大型観光バスが常に何台も停まっており、そこから降り立った世界中から来た観光客で昼夜を問わず賑わっているスポットとなっています。

628年に隅田川で漁をしていた兄弟の網に観音像がかかりました。これを見た兄弟の主人が自宅を寺に改め本尊として祀ったのが浅草寺の起源であり、東京都内で最古の寺院であるとされています。世界最古の木造建築とされる法隆寺の創建が607年、聖徳太子が亡くなったのが622年ですからほぼ同時代と言ってよく、一体どれだけ古いんだと言いたくなります。

雷門から始まる仲見世のお勧めポイント

創建以来焼失と再建を繰り返してきた雷門は、幕末の1865年に焼失したものを松下幸之助氏の寄進により昭和35年に再建されました。

雷門の提灯部分をアップにした写真。提灯の奥に観光客で混み合う仲見世が見える。関節痛が治ったことに対するお礼で、松下氏個人としての寄進だったそうです。

宝蔵門に向けて一直線に伸びる仲見世。浅草寺をお参りする観光客で混み合っているが、外国人の姿が目立つ日本で最も古い商店街の一つである仲見世は、1685年頃に付近の住民に境内の清掃を賦役として課すかわりに、床店(小屋掛けの店)を出す許可を与えたことが起源となっています。

浅草きびだんご あづま

「浅草きびだんご あづま」名物のきびだんごを求めて店頭に行列ができている私のおススメはまず「浅草きびだんご あづま」です。仲見世に入ってすぐ、左手にあります。

きびだんご5本(袋の中にあと4本)と冷やし抹茶きびだんご5本(袋の中にあと4本)と冷やし抹茶で400円です。

あげまんじゅう 菊水堂

「あげまんじゅう 菊水堂」あげまんじゅう100円の看板が目立つ。もう一つが「あげまんじゅう 菊水堂」です。中ごろの右手にあります。

あげまんじゅうとお茶あげまんじゅうが100円でお茶がサービスで付きます。

焼失と再建を繰り返してきた浅草寺の諸堂

広大な境内に数多くのお堂が並ぶ浅草寺浅草寺は広大な境内に数多くのお堂が並んでいます。

宝蔵門

浅草寺の山門である宝蔵門。中央に赤い提灯を下げた赤い社殿が両脇の緑の樹木に映えている。多くの観光客が記念撮影をしている。浅草寺山門の宝蔵門は東京大空襲で焼失し、昭和39年に再建されました。

五重塔

浅草寺の鉄筋コンクリート造の五重塔。赤い姿が両脇の樹木の緑に映えている。昭和48年に再建された現在の五重塔は鉄骨鉄筋コンクリート造です。

本堂

浅草寺の本堂。中央の階段は観光客で埋め尽くされ、線香の煙でお堂が半分隠れている。国宝に指定されていた浅草寺の旧本堂は東京大空襲で焼失し、昭和33年に再建されたのが現在の本堂です。長い歴史の中で20回近く焼失と再建を繰り返してきました。

千年以上秘仏の本尊は実在するのか?

本堂には本尊の聖観世音菩薩を奉安することにちなみ、観音堂とも呼ばれています。

645年、勝海上人という僧が当山に立ち寄り観音堂を修造しましたが、ある夜、上人の夢に観音さまが現れ、「みだりに拝するなかれ」と告げられました。以来今日まで、ご本尊を厨子(御宮殿)深く秘仏として奉安しています。

千年以上の長期にわたって秘仏とされてきたためその存在が疑問視され、徳川幕府や明治政府といった時の権力者との間で「見せろ」「見せない」といった攻防があったようです。
明治政府の役人が帰った後、「住職でありながら本尊の有無を確認していないのは無責任」ということで当時の住職が仏罰を覚悟の上で厨子の扉を開いたところ、伝承通りの高さの観音像があったと言われています。

先の大戦末期に御本尊を逗子ごと納めた浅草寺の天水桶先の大戦末期に御本尊を逗子ごと天水桶に納め、本堂の地中深くに埋めたことにより御本尊は戦火を逃れました。

ご利益に満ちた浅草寺の西境内

ご利益に満ちた浅草寺西境内の案内図。見どころには赤線が引いてある、さて、雷門をくぐり、仲見世を抜け、本堂でお参りを済ませました。これで満足して帰ってしまってはいないでしょうか。浅草寺には西境内というご利益に満ちた魅力的なスポットがあります。

浅草寺の西境内の入り口である小さな流れ。1mくらいの幅で置かれた岩の間を流れ、手前に小さな滝がある。小さな流れを渡るとそこが西境内の入り口です。

都内最古の石橋

庭園内の池に架かった石橋。手入れの行き届いた植栽に囲まれ、橋の下には数多くの鯉が泳いでいる。流れにかかっている小さな橋は、1618年に造られた現存する都内最古の石橋です。

西仏板碑

高さ3m近くあった西仏板碑。中央で折れているため、側柱を立てて支えている。制作時には高さ3m近くあった西仏板碑は、各地で見られる板碑の中でもとりわけ巨大です。強風で倒れて破損し、現在は側柱を立てて支えています。

影向堂

赤くて堂々たる姿の影向堂。御朱印を求める人の列が堂内から外にまで延びている。影向堂は御朱印所でもあります。

六角堂

浅草寺西境内の六角堂。緑の中に建つ6角形のお堂に明るい日差しが降り注いでいる。1618年に建立された六角堂は浅草寺境内で最も古い建物です。

三峯社

秩父の三峯神社から勧請した三峯社。ペットボトルの水と2本の生花が供えられている。秩父の三峯神社から勧請した三峯社です。

橋本薬師堂

橋本薬師堂。2基の石灯籠が前に置かれている。徳川家光が再建した六角堂に次ぐ古い建物です。

一言不動尊

西境内の一言不動尊。左端に橋本薬師堂の庇が写っている。2本の生花が供えられている。願い事を何か一つに限ってお願いすると叶えてくれるといいます。

九頭龍根源・金龍権現

右が仏教を守り雨を操る九頭龍権現、左が御本尊を守る金龍権現。九頭龍権現の奥に銭塚弁財天がある。右が仏教を守り雨を操る九頭龍権現、左が御本尊を守る金龍権現です。

銭塚弁財天

浅草寺西境内の銭塚弁財天。朱色のお堂を手入れの行き届いた緑が囲んでいる。芸能や学問の上達、財宝や福徳の神とされています。

恵み地蔵

恵み地蔵。赤い衣装を着せられ、赤い帽子をかぶり、小さな祠の中に立っている。前には2本の生花が供えられている。我々に幸せをお恵みくださいます。

恵日須・大黒天堂

七福神の恵比寿と大黒天を祀るお堂。古い木造のお堂が周囲の緑に映えている。前に2本の生花が供えられている。こちらは七福神の恵比寿と大黒天を祀るお堂です。

◆子育地蔵、商徳地蔵、出世地蔵

向かって左から子育地蔵、商徳地蔵、出世地蔵。全て赤い衣装を着せられ、赤い帽子をかぶり、小さな祠の中に立っている。商徳地蔵と出世地蔵の間に木が植わっている

いかがでしょうか。浅草寺西境内はご利益で満ち満ちていることがおわかりいただけましたでしょうか。

御朱印

御朱印は影向堂で頂けます。

東京最古の寺院にふさわしい浅草寺の御朱印

東京最古の寺院にふさわしい御朱印を頂きました。

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