酒と車と御朱印の日々

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【御朱印】建長寺では半僧坊をお参りするまで帰ってはいけない。

今年の4月30日、鎌倉五山を一日で回り御朱印を5つ頂こうという企ても次はいよいよ第一位の建長寺となります。けんちん汁発祥の地として知られる建長寺ですが、これまでの寺院ともう全くと言っていいほど規模が違います。浄智時の場合門のすぐ前まで来ないと気付きませんでしたが、建長寺では門の前に観光バスが何台も止められそうな大きな駐車場があり、かなり遠方からでもわかります。

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建長寺は鎌倉幕府第5代執権である北条時頼によって1253年に創建されました。この時代は承久の乱の鎮圧によって北条氏の権力基盤が定まり、その一方で京都朝廷の力が弱まって鎌倉が事実上の日本の首都となった時期になります。

実朝の死によって源氏が滅亡した後も鎌倉幕府は京都から将軍を招きますが、北条氏に不満を持つ第4代、第5代将軍を追放することにより幕府は北条氏の独壇場のようになりました。

一方で御家人に対する融和政策や庶民に対する救済策をとるなどして世の安定に努めます。有名な「鉢の木」の物語は創作された話ではありますが、この時代の雰囲気を表していると言われています。

 

臨済宗建長寺派の本山として建長寺は光明寺(浄土宗)遊行寺(時宗)円覚寺(臨済宗円覚寺派)とともに鎌倉四大寺とされています。臨済宗は師から弟子へと伝えていくことを重んじるため寺院ごとに独自の流派を持っています。

 

1783年に建立され1943年に京都の半船三昧院より移築された総門です。

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総門から三門まで「桜のトンネル」状態でした。

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1775年に建立された重要文化財の三門です。

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1255年に制作された国宝の梵鐘です。建長寺創建時の物です。

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本尊である地蔵菩薩像を祀る仏殿です。芝の増上寺にあった徳川秀忠夫人の霊屋を譲り受け、1647年に移築したものです。

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建長寺が位置するこの場所はかつては地獄ヶ谷と呼ばれた処刑場で、地蔵菩薩を本尊とする寺院もありました。そのため禅宗の寺院でありながら釈迦如来ではなく地蔵菩薩を本尊としています。

 

重要文化財の法堂で1814年の建立です。他の寺院の講堂のような役割です。

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方丈の入り口にある唐門です。仏殿と同じく増上寺の秀忠夫人の霊屋から移築したもので重要文化財です。

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本来は住職の生活の場となる方丈です。総門と同じく京都の般舟三昧院より1943年に移築してきました。

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方丈の庭園は国の史跡となっています。「心」という字を池の形にしたため「心字池」と呼ばれています。

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円覚寺と同様に総門から方丈まで一直線に並ぶ伽藍配置です。

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ご本尊を拝み庭園も見て、これで満足して帰ってしまいそうになりますが、建長寺も円覚寺同様この先にも魅力的な場所があります。

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境内の最も奥にある建長寺の鎮守である半僧坊です。

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こちらからでは絶景を楽しむことができます。

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こちらでは御朱印所とは別の御朱印を頂けます。

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こちらの御朱印を希望する場合は方丈の庭園を見てから御朱印所へいったん戻り、御朱印帳を受け取ってから階段を登らなければなりません。


鎌倉五山と呼ばれる5つの寺院は鎌倉時代の最盛期にはどれも広大な寺領と壮大な伽藍を有して大変に繁栄していました。五山第5位の浄妙寺は「浄明寺」という地名として残っており、地図を見ればその広大さがわかります。
五山はいずれも鎌倉以降度重なる火災や震災により創建当初の建物のほとんどを失い、それによりほとんどの寺院が往時の勢いを失ってしまいます。その中で建長寺だけがなぜ現在まで繁栄を続けることができたのか、円覚寺はそれ程でもないとしても、その他三山となぜここまで差がついたのかどうにも不思議でした。


いろいろ調べてみると五山の中でも建長寺だけは徳川家の支援を受けていることがわかります。本尊を祀っている仏殿や、東照宮を思わせる唐門は共に徳川家の菩提寺である増上寺から移築したものです。それ以外にも徳川家から寺領を寄進されていたり、その支援により主要な建物の再建を果たすことができたりしているようです。そこには有名な沢庵和尚の進言があったといいます。
鎌倉がすっかり過去のものとなってしまった中で、徳川幕府による支援を受けることができたということはやはり大きかったようです。


御朱印所に戻るとすでにできあがっていました。

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平成28年10月24日現在でこれまで89体の御朱印を頂いていますが、その中で最も芸術的だと思う御朱印です。

◆こちらも併せてみておきたい円覚寺の記

minamimachida0706.hatenablog.com

 ◆鎌倉五山第4位浄智寺の記事

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 ◆建長寺のすぐ近くにある閻魔大王がご本尊である円応寺の記事 

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