酒とうどんと御朱印の日々

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〖御朱印〗明王院を建立した鎌倉幕府第4代将軍のたどった運命

今回は鎌倉の明王院の御朱印をご紹介します。鎌倉幕府第4代将軍である藤原頼経が建立した寺院であり、鶴岡八幡宮から東に延びる金沢街道沿いにあります。

皆様は鎌倉幕府の将軍を何人答えられるでしょうか。源頼朝、頼家、実朝の3代は誰でも言えると思いますが、それ以降は北条氏が実験を握り、「執権」が誰であったかが日本史の授業においては重要になっています。
1219年に源実朝が暗殺されて以降、1333年に鎌倉幕府が滅亡するまで将軍職は存在しました。京都の公家や皇族から招かれた名ばかりの存在でしたが、それでも征夷大将軍の職位は受け継がれていたのです。


光触寺を出て金沢街道を鎌倉方向に戻っていると民家の奥に明らかに周囲と異なる雰囲気の空間が見えてきました。

住宅街の入り口にある明王院の入り口奥の茅葺き屋根の建物の正面に賽銭箱があるところからこれが寺院であることがわかりますが、そうでなければ3月末に行った乳頭温泉の鶴の湯に似たものを感じます。

入り口の奥に見える茅葺屋根の木造建築鶴の湯温泉も山奥の林道の奥に現れるいくつもの茅葺き屋根の木造建築物ですが、明王院も住宅地の奥で同様の雰囲気を醸し出しています。

ちなみに鶴の湯温泉の写真はこちらです。

乳頭温泉の鶴の湯

私は明王院でまずこの風景が頭に浮かびましたが、皆様はいかがでしょうか。日本一予約の取りにくい温泉旅館ともいわれ、連泊したかったのですが一泊しかできませんでした。


どこの神社仏閣でも建物内は撮影禁止ですが、明王院はさらに徹底していて境内撮影禁止です。ですからこれがぎりぎり精一杯の写真です。

明王院境内の写真境内撮影禁止としているだけあって、境内全体が神々しい雰囲気です。正面の本堂の他にも境内には茅葺き屋根の建物が並んでいます。光触寺同様建物も庭も手入れが行き届いています。本堂には五体の明王像か祀られていますが戸が閉まっており外からは見えません。しかし毎月28日の護摩法要の時だけは誰でも入れるそうです。


官位だけは高かったものの全く実権のない第4代将軍だった藤原頼経は様々な勢力から利用されるだけ利用された挙句、最後は北条氏により京都に追放されました。織田信長に担がれた室町幕府最後の将軍である足利義昭も利用価値がなくなると京都から追放されました。いつの世でも名ばかりというのは哀しいものがあります。


御朱印所は本堂の西側にあります。

明王院の御朱印

力強い書体の御朱印をいただきました。

◆見どころが一杯!鶴岡八幡宮から東に延びる金沢街道沿いの寺院 

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