酒と車と御朱印の日々

「毎日更新」心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!悲願は実現する!

【御朱印】明王院を建立した鎌倉幕府第4代将軍のたどった運命

皆様は鎌倉幕府の将軍を何人答えられるでしょうか。源頼朝、頼家、実朝の3代は誰でも言えると思いますが、それ以降は北条氏が実験を握り、「執権」が誰であったかが日本史の授業においては重要になっています。
1219年に源実朝が暗殺されて以降、1333年に鎌倉幕府が滅亡するまで将軍職は存在しました。京都の公家や皇族から招かれた名ばかりの存在でしたが、それでも征夷大将軍の職位は受け継がれていたのです。
その第4代将軍である藤原頼経が建立したのが今回ご紹介する明王院で、鶴岡八幡宮から東に延びる金沢街道沿いにあります。


光触寺を出て鎌倉に戻っていると泉水橋まで出てしまいました。どうやら行き過ぎてしまったようです。途中小さな表示があったのを見落としていました。
少し戻ると民家の奥に明らかに周囲と異なる雰囲気の空間が見えてきました。

f:id:minamimachida0706:20161007223354j:plain奥の茅葺き屋根の建物の正面に賽銭箱があるところからこれが寺院であることがわかりますが、そうでなければ3月末に行った乳頭温泉の鶴の湯に似たものを感じます。

f:id:minamimachida0706:20161007223425j:plain鶴の湯温泉も山奥の林道の奥に現れるいくつもの茅葺き屋根の木造建築物ですが、明王院も住宅地の奥で同様の雰囲気を醸し出しています。

ちなみに鶴の湯温泉の写真はこちらです。

f:id:minamimachida0706:20161007225055j:plain

私は明王院でまずこの風景が頭に浮かびましたが、皆様はいかがでしょうか。日本一予約の取りにくい温泉旅館ともいわれ、連泊したかったのですが一泊しかできませんでした。


どこの神社仏閣でも建物内は撮影禁止ですが、明王院はさらに徹底していて境内撮影禁止です。ですからこれがぎりぎり精一杯の写真です。

f:id:minamimachida0706:20161007223456j:plain境内撮影禁止としているだけあって、境内全体が神々しい雰囲気です。正面の本堂の他にも境内には茅葺き屋根の建物が並んでいます。光触寺同様建物も庭も手入れが行き届いています。本堂には五体の明王像か祀られていますが戸が閉まっており外からは見えません。しかし毎月28日の護摩法要の時だけは誰でも入れるそうです。


官位だけは高かったものの全く実権のない第4代将軍だった藤原頼経は様々な勢力から利用されるだけ利用された挙句、最後は北条氏により京都に追放されました。織田信長に担がれた室町幕府最後の将軍である足利義昭も利用価値がなくなると京都から追放されました。いつの世でも名ばかりというのは哀しいものがあります。


御朱印所は本堂の西側にあります。光触寺で私の前にいたおばちゃん3人組はここでも私の前にいました。

f:id:minamimachida0706:20170525142338j:plain

力強い書体の御朱印をいただきました。

◆見どころが一杯!鶴岡八幡宮から東に延びる金沢街道沿いの寺院 

minamimachida0706.hatenablog.com

minamimachida0706.hatenablog.com