酒とうどんと御朱印の日々

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〖86段〗愛宕神社の御朱印と「出世の石段」をめぐる3つのトリビア

今回は「出世の石段」で有名な愛宕神社の御朱印をご紹介します。愛宕神社は徳川家康の命により創建された神社で、愛宕山の山頂に位置しています。山上に咲く梅の花を徳川家光に献上するために、馬に乗ったまま石段を往復した曲垣平九郎の故事から、正面の石段は「出世の石段」と呼ばれていますが、この石段には様々なトリビアがあります。

愛宕神社の由緒

愛宕神社は徳川家康の命により1603年に創建されました。江戸に幕府を開いて街づくりを進めようとしていた家康は防火の神様として火の神様である火産霊命(ほむすびのみこと)を祀りました。現在では防火・防災の他に商売繁盛でも知られています。

火災や震災、空襲等に因り社殿は度々焼失し、現在ある建物は昭和39年に再建されたものです。

愛宕神社の御朱印

御朱印所

御朱印は拝殿向かって右奥の授与所で頂けます。

受付時間9:00~17:00

初穂料300円

御朱印

愛宕神社の御朱印シンプルな中に美しさもある御朱印です。

「出世の石段」をめぐる3つのトリビア

愛宕神社の出世の石段愛宕神社の石段は「出世の石段」として有名です。

➀馬で石段を往復した曲垣平九郎の故事に由来

出世の石段という名前は、愛宕山の山上に咲く梅の花を徳川家光に献上するために、馬に乗ったまま石段を往復した曲垣平九郎の故事に由来します。

平九郎は家光より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたことから、平九郎を出世させた石段ということでこの名で呼ばれるようになりました。

②傾斜角度は約40度で86段ある

上から見下ろしてみた愛宕神社の出世の石段上から見下ろしてみました。もはや壁といってもよい角度です。出世の石段は至る所で紹介されていますが、この角度の写真はほとんどないのではないでしょうか。

③明治以降の成功者は3人いる

明治15年・石川清馬(曲馬師)師匠が果たせなかった石段登頂に成功し、石川家は徳川慶喜から葵の紋の使用を許される。

大正14年・岩木利夫(参謀本部馬丁)引退する愛馬の最後の花道として挑戦したが、成功の報が後の昭和天皇の耳にも入り、その後も将校用の馬として使われ続けた。

昭和57年・渡辺隆馬(スタントマン)「史実に挑戦」という番組企画で挑戦し成功。

 

愛宕神社の境内

一の鳥居

愛宕神社の一の鳥居

丹塗りの門

愛宕神社の丹塗りの門

招き石

愛宕神社の招き石社殿左手にあります。撫でると福がつくといいます。

社殿

愛宕神社の社殿

将軍梅

愛宕神社の将軍梅江戸時代、曲垣平九郎が将軍徳川家光に献上したと言われる将軍梅です。

三角点

愛宕神社の三角点愛宕神社が23区内で一番高い山であることを証明する三角点です。

児盤水(こばんすい)

児盤水

境内の池の全景昔この愛宕の地に児盤水(又は小判水)お云う霊験あらたかな名水が湧き出ていたそうです。

境内社

太郎坊社

太郎坊社猿田彦神を祀っています。

福寿稲荷社

福寿稲荷社宇迦御魂神を祀っています。

弁財天社

弁財天社市杵島姫命を祀っています。

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◆これまで体験したとんでもない石段

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 ◆石段を下りてすぐの所のある「港屋」の記事

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