酒とうどんと御朱印の日々

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〖ご利益〗御穂鹿嶋神社の御朱印と周辺の重要ポイント

今回は田町の御穂鹿嶋神社の御朱印をご紹介します。御穂鹿嶋神社は港区芝4丁目の三菱自動車本社ビルと高層マンションに挟まれた場所にひっそりと鎮座していますが、周辺には様々な分野における重要ポイントが点在しており、時々名所めぐりをしている一団の姿を見たりします。

御穂鹿嶋神社の由緒

御穂鹿嶋神社はこの地にあった「御穂神社」と「鹿嶋神社」が合祀されて誕生した神社です。

御穂鹿嶋神社の境内「御穂神社」の創建は1525年と伝えられています。1300年頃この地で村人を教え導いた藤原藤房を後の世の人々が偲び御祭神として祀ったものです。

一方鹿島神社は1600年頃の創建とされています。鹿嶋神宮の社殿が浜に流れ着き、一旦鹿嶋に戻しても再び流れてきます。最後は「この浦に祀り坐すべし」と御神託があり、人々が驚いてこの地に祀ったのだそうです。

老朽化や周辺の再開発事業などの理由により、「御穂神社」と「鹿嶋神社」を合祀し、「鹿嶋神社」の旧社地に新社殿を造営して平成18年に新たに「御穂鹿嶋神社」が誕生しました。

御穂鹿嶋神社の御朱印

御朱印所

御朱印は本殿左奥の社務所でいただけます。

初穂料300円

御朱印

御穂鹿嶋神社の御朱印たっぷりと時間をかけて書いていただきました。

御穂鹿嶋神社の境内

拝殿

拝殿

本殿

本殿背後に見える建物が地上28階地下2階の高層マンションであるカテリーナ三田「ウエストアーク」です。

狛犬

狛犬二頭が一体となった斬新な意匠の狛犬です。

境内社

稲荷社・天満宮・住吉社稲荷社・天満宮・住吉社の三社を祀っています。

境内の要所要所に残る昔の姿

現在の御穂鹿嶋神社の社殿は平成18年竣工の鉄筋コンクリート造ですからまだまだ新しい建物ですが、境内をよく見ると要所要所に古くからのものが残されています。

石碑

石碑「大乗妙法蓮華経全部一石一字六万九千三百八十四字謹寫」と書かれています。明治以前の神仏習合時代に日蓮宗の寺院で管理されていたようです。

力石

力石若者が祭礼の際に力比べで使用したと思われる力石が並べられていました。

狛犬

狛犬

狛犬江戸末期に奉納されたものとされています。

石柱

石柱

石柱

様々な場面で登場する神社周辺

芝5丁目の交差点

芝5丁目の交差点隣接した三菱自動車本社ビルの前にある「芝5丁目」交差点は、箱根駅伝の第1区で日比谷通りから第一京浜に向かってカーブする場所です。当然のことながら復路の第10区でも通りますし、東京マラソンのコースでもあります。

勝海舟・西郷隆盛会見の地

勝海舟・西郷隆盛会見の地この辺りにはかつて薩摩藩の藩邸があり、江戸無血開城の道を開いた勝海舟と西郷隆盛の会談が行われた場所でもあります。

また司馬遼太郎の「竜馬がゆく」では、土佐藩を脱藩して江戸へ出てきた竜馬がこのあたりで同行していた清河八郎と別れる場面が描かれています。

落語「芝浜」

芝浜囃子の碑昭和39年くらいまではこのあたりまでが波打ち際だったということで、神社の前の線路のあたりが落語「芝浜」の舞台だったといいます。そのため鳥居の横に寄席文字を復興させた橘右近による「芝浜囃子の碑」が建っています。

私にとっては強力な「トラブル除け」の神様

私は芝4丁目にある不動産会社に、御穂鹿嶋神社が新たに誕生した平成18年11月に転職しました。不動産業というものは何かとクレームが発生しやすい業界なのですが、面倒なトラブルが発生した際に御穂鹿嶋神社にお参りすると不思議に解決することが相次いだため、私にとって「トラブル除け」の神様となり、毎朝神社にお参りしてから出社していました。

現在でも毎年1月2日はこちらにお参りするのが習慣になっています。

 

※歯を失った際の治療はこれまでは入れ歯かブリッジでしたが、第3の治療法としてインプラントが注目されています。顎の骨に土台を埋め込み、人工歯を取り付けます。

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◆都営三田線沿いの寺社

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