酒と車と御朱印の日々

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【御朱印】田町の御穂鹿嶋神社は超強力なトラブル除けの神様だった。(私にとって)

昨年の4月に御朱印集めを始めてからどうしても行かなければならない私にとって特別な神社がいくつかありました。当ブログでは箱根のことばかり書いていますが、通算のお参り回数では箱根神社はおそらく第4位ではないかと思います。断トツの第1位は田町の御穂鹿嶋神社、第2位は谷保天満宮、第3位は愛宕神社です。
第1位と第3位は仕事がらみのお参りで回数が増えています。


御穂鹿嶋神社は田町の三菱自動車本社の裏手にあります。

f:id:minamimachida0706:20160924210720j:plain箱根駅伝の第1区で、日比谷通りを直進してきたランナーが第一京浜を品川に向かってカーブする場所です。

f:id:minamimachida0706:20160924210657j:plain東京マラソンでもここを通ります。
御穂鹿嶋神社は三菱自動車とタワーマンションのカテリーナ三田に挟まれた場所にひっそりと鎮座しています。

f:id:minamimachida0706:20160924210743j:plain老朽化や周辺の再開発事業などの理由により、近くにあった「御穂神社」と「鹿嶋神社」が合祀し、「御穂鹿嶋神社」となり「鹿嶋神社」の旧社地に新社殿を造営し、平成二十八年(2006)に竣工したとあります。


この辺りはかつて薩摩藩の藩邸があり、江戸無血開城の道を開いた勝海舟と西郷隆盛の会談が行われた場所でもあります。

f:id:minamimachida0706:20160924210808j:plain司馬遼太郎の「竜馬がゆく」では土佐藩を脱藩して江戸へ出てきた竜馬がこのあたりで同行していた清河八郎と別れる場面が描かれています。今でいう芝4丁目の交差点を曲がり金杉橋あたりで右手は海だったようです。また、神社の前の線路のあたりが落語の「芝浜」の舞台だったといいます。そのため鳥居の横に寄席文字を復興させた橘右近による「芝浜囃子の碑」が建っています。

f:id:minamimachida0706:20160924210833j:plain昭和39年くらいまではこのあたりまでが波打ち際だったそうです。


私は平成18年の11月に芝4丁目の不動産会社に歩合給の契約社員として転職しました。不動産業に転身して以来分譲マンション一筋でしたが、初めての賃貸マンションへの挑戦です。ちょうどその頃現在の社殿が完成し、遷座の儀式が行われていたのです。会社周辺がやけに賑やかだったことを記憶しています。


賃貸マンションの営業にとっては1月~3月は引っ越しシーズンであり、超繁忙期となります。当時は景気も良く法人契約による3LDKや4LDKの案件がガンガン入ってくるのですが、不慣れなまま数をこなしていたので社内外でトラブルが頻発していました。歩合給であるため売り上げを上げるためにはお客様の案内を最優先しなければならず、個々のトラブル処理に時間をかける訳にはいきません。溺れる者は藁をも掴むといいますが、困り果てた私は一番会社に近かった御穂鹿嶋神社にお参りにいきました。お賽銭として千円はずむと不思議なことにトラブルが火を噴く前のまだボヤの状態で解決していきます。かなり厄介な問題でも二千円納めると大抵解決しました。


不動産は生活に関わるものであり、予想外のタイミングで予想外の件についてクレームが来ます。今日がどんな一日になるのか朝の段階では全く見当つきません。こういうことが続いているうちに、私は毎朝田町駅を降りると今日一日トラブルが起きないように神社にお参りしてから出社するようになりました。お賽銭もいつもは小銭ですが、重大な問題が起きれば二千円納めます。


かくして御穂鹿嶋神社は私にとって大切なトラブル除けの神様となりました。毎年箱根神社に初詣に行った後、2日にはここにお参りに来ています。


そういう訳で大切な御朱印帳にはどうしても御穂鹿嶋神社の御朱印を頂かないわけにはいきません。昨年の6月6日にお参りしました。

御朱印は本殿横の社務所でいただけます。

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誰もいないことも多いのでご注意ください。

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