酒とうどんと御朱印の日々

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〖平将門〗神田明神の御朱印とご利益

今回はお茶の水の神田明神の御朱印と3体の御祭神をご紹介します。一般的には商売繁盛の神様として知られ、1月4日の仕事始めの日に大変に賑わうことで知られています。神田、日本橋、秋葉原、丸の内、大手町と特色が全く異なる様々な地域を氏子地域として含み、性格の異なる3体の御祭神による多様なご利益が期待できる神社です。

神田明神の由緒

神田明神は730年に伊勢神宮の御田(神田)があった現在の千代田区大手町に創建されて神田ノ宮と称したことが起源となっています。

1600年の9月15日の神田祭の日に関ケ原の戦いが行われ、縁起の良い祭礼として徳川家康から今後絶やすことなく行うよう命じられます。江戸幕府が開かれると創建の地である大手町から江戸城の表鬼門守護の場にあたる現在の地に遷されました。

昭和50年には明治天皇により定められた准勅祭社の流れを汲む東京十社の一つに選定されています。

神田明神の御朱印

御朱印所

御朱印は社殿左手の鳳凰殿で頂けます。

受付時間9:00~16:00

初穂料300円

御朱印帳は鳳凰殿内休憩所で販売しています。

営業時間9:00~16:30

価格1000円

御朱印

神田明神の御朱印実にオーソドックスな御朱印です。

※現在では寺社名の書かれた印章を押す「版木押し」タイプとなっているようです。

神田明神の御祭神とご利益

神田明神には一般的に商売繁盛の神様というイメージがあり、1月4日の仕事始めの際には周辺の経営者やサラリーマンが初詣に訪れて1年の商売繁盛を祈る様子が必ずニュースで流されます。しかし神田明神のご利益は決して商売繁盛だけではないのです。

大己貴命(縁結び)

だいこく様像だいこく様として知られ、またの名を大国主命という縁結びの神様です。境内のだいこく様像は石造りとしては日本一の大きさです。

少彦名命(商売繁盛)

えびす様像

えびす様として知られる商売繁盛の神様です。境内のえびす様像はイルカやタイやトビウオといった海の仲間に守られて大海原をわたるえびす様を表現しています。

平将門命(除災厄除)

神田明神では平安時代に乱を起こして朝敵とされた平将門を御祭神として祀っています。民衆を守るために時の政権と命がけで戦ったという事で除災厄除けの神とされています。

将門塚の説明天慶の乱で殺された将門の首は平安京の都大路の獄門台で晒されますが、三日後に東方に飛び去り神田明神の周辺に落ちたといいます。村人が首塚を築いて埋葬しますが、その後も天変地異が頻発したため、1309年に傍らの神田明神に将門の霊を祀ったところようやく鎮まったといいます。

将門塚村人が塚を築いて埋葬した平将門の首塚は現在も大手町の中心部に残されていますが、こちらは神田明神発祥の地です。

神田明神の境内

本郷通

本郷通仕事始めの際は車道まで人が溢れます。

大鳥居

大鳥居

天野屋

天野屋参道脇には明神甘酒で知られる天野屋があります。

天野屋の甘酒地下6mの土室でつくられた米糀だけを利用した伝統的製法の甘酒です。

隋神門

隋神門関東大震災で焼失していましたが、松下幸之助氏の寄進により昭和50年に再建されました。松下氏が寄進したのは浅草寺の雷門だけではなかったのですね。

社殿

社殿

神田明神のかつての社殿は関東大震災で焼失しましたが、昭和9年に当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)、総朱漆塗の社殿が再建されました。この社殿は東京大空襲による火災にも耐え抜き、国の登録有形文化財に指定されています。

境内社

境内案内図神田明神では社殿を取り囲むように境内社がズラリと並べられています。

御祭神である平将門にまつわる都市伝説

将門の乱の際に乱の鎮定祈願で創建されたのが成田山新勝寺です。神田明神で将門の荒ぶる魂に願い事をしようと思う人は、成田山にお参りすることは避けた方がいいという都市伝説があります。

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