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〖御朱印〗善光寺の御朱印所は6カ所ある(宿坊除く)

今回は長野の善光寺の御朱印と御朱印所をご紹介します。

善光寺と言えば何と言っても御開帳で、6年ごとに開催される前立本尊御開帳の際には日本中から参詣客が集まります。実は前回の御開帳の際にお参りしたのが私の御朱印デビューなのですが、当時はお寺のことも御朱印のことも何もわからず、ただただ参詣客の多さや御朱印所の行列の長さに圧倒されただけでした。

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その後数多くの寺院や神社をお参りした結果、善光寺が凄いお寺だったという事がようやくわかるようになったように思います。

今回は善光寺の境内をご案内しながら見どころや由来についてご案内するとともに、御朱印所の場所と種類についてもご紹介したいと思います。この記事だけで善光寺の全てがわかるというようなものを目指します。

●善光寺の特色➀とにかく古い

善光寺の最大の特色はその歴史の古さです。善光寺如来とも呼ばれている本尊の一光三尊阿弥陀如来は日本に仏教が伝来したまさにその時に伝えられた日本最古の仏像ともいわれています。その後642年に現在の地に移され、644年に本堂が整備されて善光寺が誕生しました。

●善光寺の特色②住職が二人いる

仏教伝来の直後でまだ各宗派に分かれる前の創建であるため、善光寺に宗派というものはとくにありません。山内にある天台宗の大勧進と浄土宗の大本願という二つの寺院により運営されており、住職も二人います。大勧進側の住職は「貫主」、大本願側の住職は「善光寺上人」と呼ばれています。

●善光寺の特色③戦国時代の英傑たちに翻弄された過去

戦国時代に善光寺平は武田信玄と上杉謙信の戦いの場となりますが、善光寺の焼失を畏れた信玄が本尊を甲府に遷しました。そして織田信長が武田家を滅ぼすと拠点である岐阜へ、本能寺の変の後は徳川家康の手で遠江、そして豊臣秀吉の手で京都といった具合に時の権力者の手により本尊は各地を転々とします。最終的に秀吉の命により信濃に戻るのですが、病に倒れた秀吉が「本尊の祟り」という噂を気にしたからだといわれています。

この間、常に本尊に付き従って移動したのが大本願で、本尊不在で荒廃した寺を守り続けたのが大勧進でした。

●善光寺の特色④御朱印は6カ所で頂ける

善光寺の配置図です。

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赤線を引いた5カ所と矢印の方向に進んだ山の中腹にある雲上殿の6か所で頂けます。その他宿坊でも頂けるようですが、そこまで入れるときりがありません。そのため今回はこの6カ所のみご紹介します。

 

善光寺参道は史跡になっています。

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参道に入ってすぐ左手に大本願があります。

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大本願の本堂である本誓堂です。

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その他に文殊堂、ひとにぎり地蔵などがあります。

大本願の御朱印所です。

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ここでは5種類の御朱印が頂けますが、①は善光寺本堂と同じです。

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この日は②と④を頂きました。

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仁王門です。

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仁王門をくぐると山門まで参道の両側に土産物屋やお食事処が並んでいます。

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ここは御開帳の時は歩くのも大変です。

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参道の途中で右に折れると善光寺山中にある大勧進25院の一つである世尊院があります。本尊に釈迦涅槃像を祀っているため釈迦堂とも呼ばれています。また善光寺七福神の毘沙門天も祀られています。

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こちらの御朱印は堂内で頂けます。

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山門の手前左手に大勧進があります。

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大勧進の護摩堂です。御朱印はこちらで頂けます。

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その他に萬善堂、地蔵堂といったお堂があります。

不動尊結縁柱です。

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自分で削ってお守りにするそうです。

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御朱印所で貸してくれたのがこれです。

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削ってみました。現在は私の財布の中に入っています。

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大勧進の御朱印です。3種類ありますが、一つは本堂の御朱印と同じなのでそれ以外の2種類を頂きました。

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いよいよ善光寺の山門にたどり着きました。

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山門は1750年に建立され重要文化財になっています。楼上に掲げられた額の中の3文字には鳩が5羽隠されています。また「善」の字が牛の顔に見えると言われています。

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山門は期間限定で拝観できる場合があります。

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山門の上からは長野の市街地を一望できます。

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本尊左手にある重要文化財の経蔵です。仏教経典の全てを網羅した一切経が納められています。

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経蔵の奥に歴代回向柱納所があります。御開帳の際に前立本尊と人々の懸け橋となる回向柱は期間終了後こちらに移され、長い年月をかけて土に帰っていきます。一番古いものは昭和30年のものです。

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次はいよいよ善光寺の本堂です。写真は山門の回廊から撮影したものです。

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本堂は創建以来10数回火災に遭っていますが、その度に建て直されてきました。現在の建物は1707年築のもので、江戸時代中期を代表する寺院建築として国宝に指定されています。

こちらは御開帳の時はこのような状態になっています。

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中央の回向柱にたどり着くまで確か1時間以上かかった記憶があります。本堂の中に向かってさらに長い行列ができていて、そこに並ぶ気にはとてもなりませんでした。

 

本堂の中に入るとまずびんずる尊者の像があります。病人が自分の患部と同じところを撫でると病気が治るという信仰があります。

御本尊を安置した宮殿は本堂内陣の一番奥に掛けられたお戸帳の奥にあります。毎日11時45分と14時30分に行われる法要の際はお戸帳が上げられ、宮殿を拝むことができます。

またご本尊が安置された瑠璃檀下の真っ暗な回廊を通って極楽の錠前を探り当てる「お戒檀めぐり」は絶対にやっておいた方がいいです。すぐ前に人がいることにぶつかるまで気が付かないような完全な闇を体験できます。

本堂右手には先の震災で倒れた陸前高田の松を用いた「おやこ地蔵」が安置されています。

 

本堂の御朱印所です。山門前の店舗内にあります。御開帳以外の時は御朱印帳を預けてから1時間後くらいにできあがっています。

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私の御朱印歴のスタートとなった善光寺本堂の御朱印です。「前立本尊御開帳」の印も押されています。

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本堂のご朱印はこの他に4種類あり、右から「おやこ地蔵」「御詠歌」「びんずる尊者」「山門」の御朱印です。おやこ地蔵の御朱印は御開帳時には無かったと思います。(このほかに月替わりの御朱印もあるようです)

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御開帳の時は本堂の御朱印以外は全て書置きです。当時は紙の御朱印というものをどうしてよいかわからず、引き出しの奥にしまったままにしていましたが、今回ようやく日の目を見ることができました。

本堂内の「お戒檀めぐり」の出口付近では金文字の紙の御朱印を頂くこともできます。

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本堂北西には戊辰戦争から先の大戦までの戦争で亡くなった240万もの戦没者を祀り日本忠霊殿があります。またこちらは善光寺資料館も併設しています。

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日本忠霊殿も堂内で御朱印を頂けます。(その旨の案内はないので、こちらから職員に言うしかない)

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敷地内をまわり尽くしてもうこれで終わりと思ってしまいがちですが、実は善光寺にはもう一か所お堂があります。

敷地の北側の道路から大峰山を望むと中腹に朱色の塔が見えますが、これが雲上殿です。

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ここへ行くためにはとにかく坂を上がるしかありません。坂の途中から見た善光寺です。

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雲上殿に到達しました。

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しかしどう見ても単なる納骨堂で、お参りできるような場所や御朱印所があるようにはとても思えません。

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人が出入りできる場所はここだけです。納骨堂の管理事務所にしか見えませんが思い切って入ってみました。

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自動ドアを2つ抜けた先に受付があり、要件を伝えると愛想のよい女性職員が快く御朱印を書いて下さいました。また書き終えるのを待つ間にお参りもできます。

 

雲上殿の最大の見どころは何と言っても眺望です。

善光寺方向の眺望です。

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長野オリンピックの会場となったエムウェーブです。

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雲上殿の御朱印です。

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●最後に。善光寺を十分に知るためには御開帳の時期は避けた方がいい。

御開帳の際の善光寺はとにかく人で溢れかえっていて、回向柱までたどり着くだけで精いっぱいですので、善光寺の真価を味わうには御開帳の時を避けた方がいいでしょう。

これまで御開帳の時にしか行ったことがないという方は、ぜひそれ以外の時期に一度訪れることをお勧めします。ある意味狂乱状態である御開帳の時とはまるで違う姿をみることができます。

 

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