酒と車と御朱印の日々

心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!信じる者は救われる!

〖御朱印〗乃木神社は人気アイドルグループの聖地だった

御朱印ブログの第三弾として今回は乃木神社の御朱印をご紹介します。

現在はアイドルグループ乃木坂46のファンの聖地として知られる乃木神社ですが、もともとは旧日本陸軍の軍人として日清・日露の両戦争に従軍し、明治天皇崩御に際して殉死した乃木希典将軍を祀った神社です。

 

地下鉄の乃木坂駅から地上に出るとすぐに一の鳥居があります。

f:id:minamimachida0706:20170718004720j:plain

乃木将軍は明治天皇の御大葬があった大正元年9月13日の午後8時頃夫人とともに自刃しました。腹を十文字に切り、更に膝の間に立てた軍刀の剣先に首を当てたままうつぶせになるという壮絶な最期だったと言います。

その死を悲しんだ多くの人々が乃木邸に押し寄せた結果、幽霊坂と呼ばれていた坂が将軍の葬儀をもって乃木坂と改称されました。

f:id:minamimachida0706:20170718004755j:plain

乃木神社の配置図です。

f:id:minamimachida0706:20170718004828j:plain

手水舎からしてかなりの風格がありました。

f:id:minamimachida0706:20170718004901j:plain

境内末社の赤坂皇子稲荷神社です。乃木将軍が夫人とともに毎月お参りしていた王子稲荷神社を勧請したものです。

f:id:minamimachida0706:20170718004934j:plain

二の鳥居の奥に拝殿が見えます。

f:id:minamimachida0706:20170718004950j:plain

本殿を拝むための拝殿です。この日はちょうど結婚式の真っ最中でした。

f:id:minamimachida0706:20170718005024j:plain

乃木将軍の生涯は上がったり下がったりをすごい勢いで繰り返すジェットコースターのようなものだったと言えます。

 

西南戦争の際には軍旗を敵に奪われるという屈辱を味わいました。日本軍のしきたりとして最後の突撃を行う場合は必ずその前に軍旗を焼いたといいます。軍旗が敵の手に渡らないようにするためなのだそうですが、軍旗を奪われるということはそれだけ重大な失態だったようです。

日露戦争においては旅順要塞を攻略する第三軍の総司令官として数多くの兵士を戦死させることとなりますが、一転して戦後は国民の大ヒーローとなります。しかし昭和になると司馬遼太郎の小説により「無能」として糞みそにけなされました。私も「坂の上の雲」を暗記するほど何度も読んだ人間ですから複雑な心境です。しかし最近になって研究が進むと、またまた一転して再評価の方向に進んでいるようです。


「陸の乃木、海の東郷」と呼ばれた日露戦争の英雄は世論の熱狂的な盛り上がりにより二人とも死後神様になりました。乃木将軍も東郷元帥も自分では絶対に望んではいなかったと思います。周囲の人たちのいらぬおせっかいのせいで神様にされてしまい、私のような人間の願いまで聞かなければならないのはある意味気の毒といえるかもしれません。

 

国家「君が代」でも歌われているさざれ石です。

f:id:minamimachida0706:20170718005111j:plain

「教育の碑」です。乃木将軍が学習院院長を命じられた際に明治天皇が詠んだ歌が刻まれています。

f:id:minamimachida0706:20170718005147j:plain

掛けられている絵馬の90%以上は乃木坂46に関連したものでした。

f:id:minamimachida0706:20170718005204j:plain

乃木坂46のグループ名は結成時の最終オーデションを実施した場所が乃木坂に面していたことから名付けられました。成人したメンバーの成人式もこちらで行われています。メンバーが常連客として通っていた近所のラーメン屋とともにこちらはファンの聖地となっているようです。そのためチケットの当選を願うもの、メンバーの健康を祈るもの、推しているメンバーの活躍を願うものといった類が書かれた絵馬で溢れていました。中には「秋元真夏の頭がこれ以上でかくならないように」というものもありました。

 

拝殿の奥にある境内摂社の正末神社です。

f:id:minamimachida0706:20170718005230j:plain

乃木将軍の師である玉木文之進と兄弟子にあたる吉田松陰を祀っています。

f:id:minamimachida0706:20170718005254j:plain

乃木神社に隣接して旧乃木邸が保存されています。乃木将軍が実際に住み、そして殉死した場所です。

f:id:minamimachida0706:20170718005310j:plain

旧乃木邸です。

f:id:minamimachida0706:20170718005327j:plain

f:id:minamimachida0706:20170718005352j:plain

平面図及び断面図です。ちなみに外から覗き込んでいるのは2階です。

f:id:minamimachida0706:20170718005617j:plain

f:id:minamimachida0706:20170718005640j:plain

f:id:minamimachida0706:20170718005705j:plain

f:id:minamimachida0706:20170718005729j:plain

邸内に建てられた馬小屋です。住居が木造であるのに対し馬小屋がレンガ造りです。

f:id:minamimachida0706:20170718005441j:plain

殉死の際に血が付いた物がこちらに埋められています。

f:id:minamimachida0706:20170718005512j:plain

旧乃木邸は夫妻の命日に合わせ毎年9月12日・13日に一般公開しているそうです。一度中を見てみたいと思いました。

 

御朱印は授与所で頂けます。

f:id:minamimachida0706:20170718005959j:plain

派手さを廃した実直そのものの御朱印を頂きました。

◆旧乃木邸の一般公開で内部に入った記事

www.goshuinbukuro.com

 ◆同じくファンの聖地である乃木坂ラーメン「まる彦」の記事

www.goshuinbukuro.com

◆乃木神社周辺で頂ける御朱印の記事

www.goshuinbukuro.com

www.goshuinbukuro.com