酒と車と御朱印の日々

心願成就へ向け飲んで走ってひたすら祈る!信じる者は救われる!

御朱印(神奈川)

【御朱印】鵠沼伏見稲荷神社の「アイスラッガー守り」はご利益万能だった

今回は湘南エリアの中心である鵠沼海岸の近くに鎮座する鵠沼伏見稲荷神社の御朱印をご紹介します。 鵠沼伏見稲荷神社は箱根駅伝のコースでもある湘南新道から分岐し、海岸沿いを走る国道134号線まで結んでいる鵠沼新道に面しています。小田急江ノ島殿の鵠沼…

〖御朱印〗皇大神宮(藤沢)で御朱印を頂く際は事前に財布の中身をチェックすること

今回は藤沢の皇大神宮の御朱印をご紹介します。 皇大神宮といえば伊勢神宮内宮のことであり、藤沢という郊外の地にある神社がそれを名乗る以上何か重大ないわれがあるに違いないと思ったのですが、特にこれといったものはありませんでした。天照大御神のこと…

〖御朱印〗白旗神社(藤沢)はあの義経を御祭神として祀っている

今回は藤沢の白旗神社の御朱印をご紹介します。 源義経ゆかりの地として満福寺や高館義経堂をこれまでご紹介してきましたが、その義経を御祭神として祀っているのが白旗神社です。 小田急江ノ島線に沿って南北に延びる国道467号線が藤沢バイパスと交差する場…

〖御朱印〗五所神社(鎌倉)は適当さが逆にいい感じを出している

今回は鎌倉の材木座にある五所神社の御朱印をご紹介します。 五所神社と名の付く神社は鎌倉の他に山形、湯河原、千葉、大分とあるようですが、全て五柱の神様を祀ることから名付けられたようです。 明治41年7月に乱橋村と材木座村が合併したとき、乱橋(み…

〖御朱印〗満福寺は頼朝と義経の最初の攻防の地だった

今回は腰越の満福寺の御朱印をご紹介します。 こちらをお参りして御朱印を頂いたのは当ブログを立ち上げる直前の昨年8月でした。いつかご紹介しようと思っていたのですが、昨日同じ腰越の小動寺をご紹介しましたので、今日がちょうどいいタイミングだと思い…

〖御朱印〗スサノオを祀る小動神社は津波に強そうな立地だった

今回は腰越の小動岬に鎮座する小動神社(こゆるぎじんじゃ)の御朱印をご紹介します。 腰越は京都から鎌倉入りする際の重要なルート上にあることから、古来より宿場町として栄えた街です。1185年に源平合戦において活躍した源義経は、念願の平家討滅を成し遂…

【御朱印】癌封じの上行寺は何とも不思議な外観の寺院だった

今回は鎌倉の癌封じの寺として知られる上行寺の超個性的な御朱印をご紹介します。 以前妙本寺から光明寺まで大町・材木座エリアの寺社をまわった際、八雲神社から安養院に向かう途中道路の反対側にかなり異質な寺院を発見して何となく気になっていました。 …

【御朱印】光則寺は花と土牢で有名だった

今回は長谷の光則寺の御朱印をご紹介します。 光則寺は1274年に創建された日蓮宗の寺院で、東慶寺や寶戒寺と並び鎌倉でも有数の花寺です。 あじさいの時期に明月院や長谷寺に行くとどういうことになるか昨年痛烈に思い知らされたため、今回「あじさいの超穴…

【御朱印】海蔵寺を象徴する「十六の井戸」が掘られた目的はわかっていない

先日期間限定公開の長寿寺のお参りを終えてから亀ヶ谷坂を下り、海蔵寺をお参りしてきました。 以前覚園寺をお参りした際に「古都鎌倉十三佛霊場」というものが存在することを知ったのですが、よく見るとその内の十二寺は既にお参りしていて、唯一海蔵寺だけ…

〖御朱印〗長寿寺は鎌倉で最大の穴場スポットである

今回は北鎌倉の穴場中の穴場である長寿寺をご紹介します。 北鎌倉エリアといえば円覚寺、東慶寺、浄智寺、明月院、建長寺、円応寺とお参りしてもう完了と思っていましたが、とてつもなく美しい寺院がまだ残っていました。 以前建長寺から亀ヶ谷坂を通って鎌…

【御朱印】星川杉山神社は横浜に入港する船の目印だった

今回は横浜新道の星川入り口の近くに鎮座する星川杉山神社の御朱印をご紹介します。 意外と思われる方も多いと思いますが、横浜という街は京浜東北線沿線を除き山坂ばかりの地形です。横浜と海老名を結ぶ相鉄線は星川を過ぎると台地を帷子川が削って作ったと…

【御朱印】浄光明寺はタモリがブラタモリで訪れた寺院である

扇ヶ谷の英勝寺をお参りした後、同じ扇ヶ谷の浄光明寺をお参りしました。 浄光明寺は1251年に鎌倉幕府第6代執権の北条長時により創建された寺院で、後に北条氏の中でも赤橋流と言われる家系の菩提寺となりました。もともと北条氏の屋敷だったものを寺とした…

〖御朱印〗英勝寺は人力車夫が選ぶ鎌倉裏デートスポットである

薬師ヶ谷の覚園寺の後は扇ヶ谷の英勝寺をお参りしました。 英勝寺は徳川家康の側室として知られるお勝の方(英勝院)が先祖の供養と自身の後生を祈るために1636年に創建した寺院です。明治になって縁切り寺として知られる東慶寺が尼寺としては終焉したため、…

【御朱印】覚園寺本堂の拝観案内は絶対に参加した方がいい

来迎寺のお参りを終えてから覚園寺に向かいました。 金沢街道の「岐れ路」交差点から斜めに伸びる「お宮通り」は最終的に鎌倉宮に突き当たりますが、ここを右に進むと瑞泉寺、左に進むと覚園寺にたどり着きます。鎌倉の特色である尾根と尾根の間の谷間に延び…

【御朱印】来迎寺(西御門)には「鎌倉で最も美しい仏像」がある

私のように東京の西部に住んでいる者が御朱印集めをするという事になるとどうしても主戦場は鎌倉という事になります。これまで何回も通い、ほぼすべてのエリアを制覇したつもりでしたが、よく見るとまだまだ空白地域があるようです。その一つをつぶすべく西…

【御朱印】光明寺(鎌倉)の大殿内は写真撮影可だった

妙本寺から始まった鎌倉の大町・材木座エリアの巡礼も補陀洛寺を終えいよいよゴールの光明寺が間近となりましたが、朝からぶっ通しで歩き続けてきたためここで小休止することにします。光明寺付近まで来ると材木座海岸が間近になりますが、ここで海を見なが…

【御朱印】補陀洛寺は「竜巻寺」と呼ばれるほど災厄に遭い続けた

妙本寺に始まって大町エリアから材木座に向かって寺社をまわりましたが、いよいよ後半に入り長勝寺の次に補陀洛寺をお参りしました。 補陀洛寺は1181年に源頼朝が打倒平家を祈願するために「怪僧」文覚を開山として建てた寺院です。 長勝寺までは要所要所に…

【御朱印】長勝寺は石井長勝が寄進したから石井山長勝寺である

日蓮宗にとっての重要な場所である鎌倉の松葉ヶ谷で妙法寺、安国論時に続き三番目に長勝寺をお参りしました。 長勝寺は安国論寺の総門を出て妙法寺と反対方向に進んで横須賀線の踏切を渡った場所にあります。こんな眺めは久しぶりだと思い写真を撮りました。…

【御朱印】安国論寺の日蓮は白猿の導きで襲撃を逃れた

都会の喧騒から切り離された異空間であった妙法寺のお参りを終えて今度は安国論時に向かいました。 安国論寺は松葉ヶ谷の一番奥まった場所に位置していますが、同じ松葉ヶ谷の妙法寺や長勝寺と同様に日蓮が鎌倉において布教する拠点であった松葉ヶ谷草庵の跡…

【御朱印】妙法寺は都会の喧騒から切り離された異空間だった

大町・材木座エリアのお参りで妙本寺・八雲神社・安養院とまわり、いよいよ日蓮宗にとって重要な場所である松葉谷(まつばがやつ)に入りました。最初にお参りするのは妙法寺です。 日蓮は現在の千葉県鴨川市で生まれ11歳で地元の清澄寺に入門しました。その…

【御朱印】安養院のツツジはゴールデンウィークがピークだった

妙本寺、八雲神社とまわって、次は安養院です。 安養院の前身である長安寺は1225年に北条政子が源頼朝の菩提を弔うために長谷の現在鎌倉文学館がある場所に建てた寺院です。七堂伽藍が建つような大寺院でしたが1333年の新田義貞による鎌倉攻めにより焼失しま…

【御朱印】八雲神社では見晴台に上がることをくれぐれもお忘れなきよう

妙本寺のお参りを終えて総門の前の道を南に向かうと「ぼたもち寺」として知られる常栄寺の前を通り抜けた先の住宅街の中に八雲神社があります。こちらは1083年に新羅三郎義光が京都の祇園社(現在の八坂神社)から勧請したと伝えられています。 新羅三郎義光…

【御朱印】妙本寺は800年前の「鎌倉時代の森」に囲まれている

今回は鎌倉の妙本寺の御朱印をご紹介します。 これまで何度も鎌倉を訪れましたが、大町から材木座周辺が全くの空白エリアであったため、本日このあたりの主要な寺社を一気にまわってきました。その中で妙本寺は「人力車の車夫が選ぶ鎌倉裏デートスポット」と…

〖御朱印〗龍口寺は江ノ電で最もスリリングなカーブの横に建っている

江ノ電に乗っていて最もスリリングな区間は腰越から先の路面電車区間ですが、その中でも江の島駅に入る直前に交差点をカーブしながらクロスする区間は電車の側だけでなく車にとっても特にスリリングな場所になります。この重要な交差点に面して建っているの…

【御朱印】佛日庵の茶室は川端康成の小説の舞台となった

北鎌倉の円覚寺は鎌倉時代に繁栄した往時の姿を現在まで残している貴重な寺院で、山門を抜けて仏殿でご本尊を拝んだ後も次から次へと興味深いものが出てきます。創建時から存在する妙香池や国宝の舎利殿から白鹿洞へ向かう途中佛日庵(ぶつにちあん)という…

【御朱印】極楽寺を開山した忍性は実は雨乞い対決で日蓮に惨敗していた

極楽寺と言う寺院は各地にありますが、今回は鎌倉の極楽寺をご紹介します。 鎌倉は三方を山に囲まれ前面が海という地形のため、外部から入るためには海岸べりを進むか山を越えなければなりません。その中の一つである極楽寺坂切通に面しているのが良寛房忍性…

【御朱印】菊名神社の「がまんさま」に人の道を学ぶ

横浜市港北区に位置する菊名は東急東横線とJR横浜戦が交差するターミナル駅です。東横線開通当時、東急は現在より横浜寄りに駅を開業し、駅前にロータリーのある学園都市を開発する予定だったと言います。実際に港北区錦が丘にはその名残としてロータリー…

【御朱印】荏柄天神社の本殿と御神木は鎌倉最古である

先日鎌倉の瑞泉寺、鎌倉宮をお参りした後、荏柄天神社をお参りしてきました。荏柄天神社は天神様として知られる菅原道真を御祭神としてお祀りした神社です。1104年に晴天がにわかにかき曇り、激しい雷雨の中で天神画像が空から降ってきたため、人々がこの地…

【御朱印】鎌倉宮にはガイドブックに必ず載っている「撫で身代わり」がある

瑞泉寺のお参りを終えた後、鎌倉宮へ向かいました。鎌倉宮は後醍醐天皇の皇子である大塔宮護良親王を祀るために明治天皇により創建された神社です。天皇が自ら創建した神社というのは皇室の長い歴史の中でもこの鎌倉宮だけです。 護良親王は6歳の時天台宗の…

〖御朱印〗瑞泉寺の500年の眠りから覚めた庭園は一見の価値がある

今回は国の史跡になっている瑞泉寺の庭園と御朱印をご紹介します。 これまで鶴岡八幡宮の前から東に延びる金沢街道は何度も往復してきましたが、道一本隔てた場所にある荏柄天神社や鎌倉宮はまだ訪れたことはありませんでした。いよいよこの2社をお参りしよ…